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38話 アズリア、焼ける肉に誘われて

 器に盛った赤葡萄酒煮(コックオーヴァン)からは、湯気とともに美味そうな匂いが鼻腔をくすぐる。

 なので、どうしても煮込みから食べたくなるところをまずは、杯に注いだ赤葡萄酒(ワイン)で喉を潤していく。


「うーん……嗅いだことのない芳醇な香りだねぇ、この赤葡萄酒(ワイン)は」


 杯から昇る極上の香りを楽しんだ後に、アタシは杯を口に運び、そのまま杯を傾けて喉に紅石(ルビー)を思わせる液体を流し込んでいく。


「────はぁ……戦闘して渇いた喉に、砂漠に水が浸み入るように染み渡るよぉ……美味いねぇ、実に」


 口いっぱいに広がる熟葡萄の濃厚な酸味と渋味、そして熟成した葡萄酒(ワイン)としての深み。

 ホルハイムも葡萄酒(ワイン)が名産だと聞き、滞在している間に色々飲む機会があったが。

 この赤葡萄酒(ワイン)は、まさに一段違う美味さだ。


 そんな極上の赤葡萄酒(ワイン)はどう入手したのかと言うと、魔王城の貯蔵庫に保管してあった……いや、正しくは放置されていた年代物(モノ)を勝手に拝借しておいた。

 何故、こんな上物の酒が放置されていたのかというと、あの城で葡萄酒(ワイン)を嗜む者がいないのだとか。


「いや、しっかし。こんな上等な酒があんな 無造作に放置されてるなんて、魔王城おそるべし、だねぇ……」


 だが、あまり言葉を口にすると葡萄酒(ワイン)の余韻が開いた口から抜けていってしまう。

 早速アタシは、湯気を立てる赤葡萄酒煮(コックオーヴァン)木の匙(スプーン)で一すくいし、匙の中身を口へと放り込む。

 舌で押し潰しただけで(ほぐ)れるほど柔らかく煮込まれた肉を一噛み、二噛みすると。

 トロリとした舌触りの(すね)肉に、肉の旨味をしっかりと残した心の臓、それに血の渋味とコクが口いっぱいに広がる肝臓(レバー)

 

 そこに、もう一度赤葡萄酒(ワイン)を流し込む。

 いやもう、その相性といったら。


「……………………ッはあ♡」


 間違いなく、美味である。

 ようやく美味なる食事にありつけた食欲と、戦闘で加速した空腹が一気に満たされた瞬間。

 (アタシ)は言葉を失い、ただただ至福に浸っていた。


「いや、あまりの美味さに言葉も出なかったねぇ……まあ、コレも魔王城で貧相な食事ばかりしてたからだと思えば、毎日の粥にも感謝したくなるけどねぇ、ははッ」


 主菜に使えなかった部位で作った煮込みで、これだけ満足してしまったのだ。

 今、革で包んで熾火と焼けた鉄盾で挟み、じっくりと塊の内部まで火を入れている三種の肉は、一体どれほどの美味しさをアタシに提供してくれるのか。

 期待で胸が膨らみ、赤葡萄酒(ワイン)もつい進んでしまうが。


「おっと。主菜(メイン)のためにとっておかないといけないね、口惜しいけど」


 噂で耳に挟んだ、目に見える量より遥かに収納が可能な魔導具(マジックアイテム)、本当にそんなモノがあるとするなら、こういった状況で欲しくなってしまうところだ。

 何しろ……あの貯蔵庫の様子なら、あと数本は黙って持ち出したとしても大したお咎めは無さそうなので。

 

 アタシは一旦飲み食いの手を止めて、熾火で調理している肉の塊の様子を見ようとしたその瞬間。


 ────────パキ。


 再びアタシの耳が拾った、枝が折れる音。

 最初は先程逃げ出した、あのアディーナとかいう襲撃者でも戻ってきたのかと身構えもしたが。

 耳をすませてみると、どうも様子がおかしい。


 聞こえてくる足音や呼吸音、それに葉をこする音などから動物ではなく。しかもその対象は複数人、こちらを真っ直ぐに目指してきていたのだ。

 ただ、鎧が動くと鳴る金属音などは聞こえない。先程の帝国(グランネリア)兵でないとしたら、果たして何者なのか。


 その答えはすぐに判明した。

 何故なら、向こう側から走って近寄ってきたからだ。

 その正体は……魔族の子供らだった。


「あっ!ほらあ、やっぱり当たってただろ?」

「すごーい!ホントに食べ物があったよ?」


 突如として森の外からやってきた魔族の子供らはアタシに全く目もくれずに、赤葡萄酒煮(コックオーヴァン)が入った鍋へと駆け寄っていた。


「あ……でも、あそこに誰かいるよ?」

「……え?」「えっ?」


 子供のうちの一人がようやくアタシを認識して指を差すと。鍋に注目していた子供らが一斉にアタシを見るために振り向く。そして……


「うわああああああ人間だああああ⁉︎」

「やめて!村を焼いたのにっ!もう殺さないでよおぉぉ……」


 ある子供は泣き叫びながら逃げ惑い。

 ある子供は命乞いの言葉を発しながらその場に(うずくま)る。


 そして森の外からさらに大勢の魔族や獣人族(ビースト)ら、今度は子供ではなく女性や老人が、アタシと泣き出した子供らとの間に立ち塞がると。


「私は構いません、ですからこの子だけは……この子だけはお助けを……お願いします……」


 と、(うずくま)った子供の背後から覆い被さり、アタシへ子供の助命を嘆願する女性の魔族や。


「ワシらが時間を稼ぐ。女らは子供らを連れて逃げよっ」


 そこら辺に落ちていた太い枝を拾って、それを剣に見立てて、両手を広げながらアタシを睨みつける老人の獣人族(ビースト)


 そう言えば。

 最初に顔を合わせた時のアステロペも、モーゼスの爺さんも同じような反応だったのを思い出し、この西の魔王領(コーデリア)では、人間は問答無用で帝国(グランネリア)側だと認識されるのだな、とアタシは苦笑してしまう。


 怯えたり、威嚇したりとアタシが一歩近寄ると、

三歩以上も後退(あとずさ)りする女子供と老人ら。

 そんな集団にアタシは声を掛ける。


「あ……アタシは悪いニンゲンじゃ、ないよ?」



 ────その一瞬、この場の空気が固まった。

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