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37話 アズリア、ようやく肉を焼く

「お、そうだ。何か使えそうなモノがあったねぇ……おお、これこれッ」


 あの白い修道女(シスター)の気配が完全に消えたのを確認してから。

 アタシは、斬り伏せた帝国(グランネリア)兵の持ち物から金属製の盾を拾い上げ、外套(マント)を数枚亡骸から引っぺがすと。


 色々と邪魔が入ったが、ようやくアタシは城を抜け出した本当の目的を果たすために、森の中へ作った土竈門(つちかまど)へと戻るのだった。

 

「しっかし……本当に大丈夫だったかねぇ、火にかけた鍋は。もし煮込みが雨で駄目になってたらあのアディーナとかいう女……絶対に許しゃしないよ」


 戻る足が、心配のあまり駆け足となってしまう。

 というのも、先のアディーナという修道女(シスター)との戦いの最中に、彼女が使用した魔法でここら一帯に雨が降り注いだからだ。


 あの雨は普通に身体を濡らす、などというものでなく身体や地面が凍結する効果だった。もちろん、そんな魔法が煮込みの鍋や、塩を塗して置いてある肉の塊に降り注いでいたらどうなるか。

 まず間違いなく、肉や鍋の中身は雨で台無しになってしまっているだろう。


「よ、よかったあ……鍋が無事で……はあぁぁぁ」


 ようやく竈門(かまど)のある場所へ辿り着くと。

 煮込みの鍋を置いてある焚き火は、すっかり熾火へと変わってはいたが、雨を浴び火が消えているといった様子はない。

 付近の地面を見ても、雨の影響はここまで及んでいなかったとわかり、アタシは安堵して大きく息を吐く。


「あの連中倒すのに時間かかった分、イイ感じに煮込まれてるんじゃないかねぇ。どれどれ、どんな感じかね……んッ」


 鍋の中を覗いてみると、竈門の焚き火が熾火となりごく弱い熱でじっくりと煮込まれたようで、(すね)の肉が柔らかくほぐれているのが分かる。

 アタシは鍋から、よく味が染みた一口大に切り分けた心の臓をひょいと摘んで、口に放り込む。


「ンんんんんッ!……くうぅぅッ!う、美味いッ?えっ、いや肉の臭みが全然しないッ?」


 普通、(すね)肉や内臓(はらわた)はどんなに新鮮でも、煮込むとどうしても肉本来の臭みがするものなのだが。

 今食べた心の臓からは、そんなイヤな臭いが一切しなかった。しかも、以前作って食べた煮込みと違い、塩味と脂のコクの中に一本芯の通った味が入り、一段美味しさが上になっていたのだ。


 帝国(グランネリア)の連中と一戦交えたのが想定外だったが、おかげでいつも以上に長く煮込んだのが、良い結果となったみたいだ。


 煮込みはこれで完成、で構わないだろう。

 アタシはいよいよ、今宵の主菜(メイン)となる塊肉の焼きの準備に取り掛かる。

 

「切り分けた肉にはとっくに塩も香辛料もすり込んでおいたし、それじゃ……竈門(かまど)に火を入れるとしようかね」


 「ken(ケン)」の魔術文字(ルーン)で集めておいた焚き木に火を入れると。

 竈門(かまど)に、先程拾ってきた鉄製の盾を二枚ほど乗せ、燃え上がる焚き火で木製の部分が焼け落ち、平たい盾の表面が熱せられていく。

 

「最初は直に火に当てて肉を焼こうと思ってたけど、ちょうど便利なモノを連中が持ってたからね。ちょいと拝借させてもらったよ」


 鉄製の盾は、攻撃を防ぐ効能よりも実は案外、野営の時に役に立つことが多いのだが。

 残念ながら、アタシは魔術文字(ルーン)との誓約のせいで盾を所持することが許されていないが。

 こうやって他人の盾を野営に利用するのは誓約を破ったうちに入らないようだ。


 ……話を戻そう。

 やがて、熱された鉄製の盾の表面から陽炎(かげろう)が立ち上ると。アタシは準備していた肋骨(あばら)、肩肉、尻肉の塊を盾の上へと置いていく。

 その瞬間、ジュワワアア!と肉が焼ける音と肉の焼ける良い匂いが辺り一面に漂いだす。


「うん。やっぱり鉄板の上で肉を焼いたほうが火が通りやすいし、肉の表面が黒焦げにならずに済むからねぇ」


 そう。直火でも盾の表面で焼くにしても、まずは肉の表面を強い火力で焼き固めていく。

 焼けた肩肉や肋骨(あばら)の表面からはじゅわじゅわと熱で溶け出した脂が垂れ、その脂が肉を香ばしく焼き焦がしていく。

 尻肉はあまり脂が付いてない分、焼きあがると肉本来の旨味が楽しめる、実はアタシが一番好きな箇所だったりするのだ。


 鉄板に触れている部分を何度も変えるために、アタシは先程盾と一緒に拾ってきておいた外套(マント)を手に巻き、それで肉の塊を掴んで焼く面を変えていく。

 肉がどの面も均等に焼けるように。

 

「う──んッ……この肉が焼ける香り、たまんなく腹が減ってくるねぇ……ごくりッ」


 徐々に肉が焼ける香ばしい匂い。

 脂が鉄板の表面で焦げだす匂い。

 アタシの口の中はもうヨダレが次から次へと湧き出てきて、冗談抜きで溺れてしまいそうだ。 


「……でも、まだ調理は終わりじゃないんだよねぇ」


 だが、完成までにはまだもう一手間必要なのだ。本当なら今すぐ目の前の塊肉に喰らいつきたい気分なのだが、美味い肉を食べるためにアタシは妥協しない。

 

 アタシは燃え盛る焚き火を、まずは太めの木の枝で火のついた薪を離していき、弱まったところで足で踏んでいき火を弱めていく。ここで完全に火を消さないのは熾火を作るためだ。


 次の作業は、再び外套(マント)越しに焼けた肉を鉄盾から下ろし、広げた外套(マント)で肉を覆っていく。

 本当はもう少し小さな肉の塊を、野生の大きな葉なんかで包むのが普通なのだが。こんな大きな肉の塊を包める葉など見つからないので。ここは革製の外套(マント)で代用することにした。


 葉の代わりに外套(マント)を使おうという提案も、実は盾を使おうと思った際についでに閃いたことでもあった。

 

 熾火、焼けて熱された鉄盾。そして革で包んだ一度表面を焼いた塊肉。

 この三つを合わせることで、アタシの主菜(メイン)は本当に完成する。

 ……つまり完成までには、まだもう少し時間を必要とするということなのだが。


「それじゃアタシは、じっくりと焼ける肉を楽しみにしながら……先に完成した煮込みを食べてしまおうかねぇ。赤葡萄酒(ワイン)と一緒に……さ」

 

 こんな時を見越して、わざわざ先に鍋で煮込みを作っておいたのだ。

 アタシは、鉄筒に入れておいた赤葡萄酒(ワイン)を持っていた杯に注ぎながら。

 鍋から完成した煮込み……いや、猪豚の赤葡萄酒煮(コックオーヴァン)を器に盛っていった。

猪豚の脛肉と内臓の赤葡萄酒煮を「コックオーヴァン」と呼びましたが。

元来は「若鶏の赤葡萄酒煮」を指す料理名です。

「オッソブーコ」のほうが脛煮込みだし、よかったのかな?

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