35話 アズリア、白い修道女との攻防
集中を欠いているとはいえ、突然現れた襲撃者は確実にアタシの生命を奪うための一撃を、次々に放ってくる。
常に視界から外れ、死角となった場所から繰り出してくる攻撃の速度に、アタシは大剣を盾代わりとしながら凌いでいた。
「────ふふ、上手く避けましたね」
アタシは、経験と直感だけでこれ以上の攻撃を凌ぎ切るには困難だと思い。会得したばかりの「魔視」を発動させるために、両眼に魔力を込める。
老執事を思わせる素早い足捌きで、左右に巧みに囮の虚動を織り交ぜて、アタシの死角へと潜り込んでいく。
だが、脚に込めているのであろう敏捷強化の魔力が、アタシの眼はしっかりと捉え、放たれる必殺の一撃を大剣で受け止め。
そしてようやく、アタシは襲撃者の姿を目視する。
「……ようやくご対面だねぇ襲撃者さん。その白い服装、そうかい……アンタも今の連中の仲間ってワケかい」
それは、エルと同じように修道女が着ている、真っ白な司祭服と女性用頭巾を身に付けた、優しい笑顔を浮かべた女だった。
その手には、修道女が持つのに相応しくない、凶々しい赤黒の刀身の短剣を両手にそれぞれ一本ずつ握ってはいたが。
襲撃者の修道女は、その笑顔を崩さないまま、短剣でこちらの急所を的確に狙いながら口を開く。
「ふふふ……本気で生命を狙ったのに、ここまで私の刃を防ぎきって、かつ私の姿を見られたのは初めてかもしれませんね」
いや、この修道女やさっきの兵士らがグランネリア帝国の連中なのは理解したが。何故、森の中で猪豚を狩って食べようとしただけで帝国から生命を狙われなければならないのか。
そういう間にも、白い修道女は笑顔のまま、アタシの首筋を斬り裂こうとその凶刃を放ってくるが。
アタシは首筋に放たれた短剣を、咄嗟に構えた大剣で弾いていく。
「出来れば、抵抗しないほうが苦しまずに殺してあげられるんですけどね。ふふふ」
「はッ……冗談だろ?殺される理由もわからずに死んでたまるか、っての」
すると、先程から既に十を超える回数の攻撃を繰り出していた、その足捌きと短剣の動きをピタリと止め。
「そう言えばそうですね。我が軍に剣を向けていたとはいえ、貴女が魔王リュカオーンの手先か私たちは知らないですからね。ふふふ」
つまりアタシは、魔王様に与する者だと扱われたから、即座に攻撃されたということか。
そう言えば、矢を放つ合図をしたあの隊長格もアタシの肌の色を見て「魔族に染まった」などと言っていたのを思い出す。
「アタシはただ、魔王サマにとある理由で大陸から無理矢理連れて来られただけ──」
……違う。
目の前の修道女は、アタシの話を聞くために攻撃の手を止めたわけではなかったのだ。
何故なら、アタシが喋っているその間に、修道女の口が、何かしらの詠唱を漏らしているのを耳にしたからだ。
「……大気に満ちたる水よ。地へと凍れる魔力を閉じ込めた雨を浴びせ、時を停めよ、時を封じよ」
アタシがそれに気付いたが、少し遅かったようだ。
目の前の白い修道女は、詠唱が完了したようで、両手の短剣を胸の前で交差して魔力を解き放つ。
「降り注ぎなさい──── 時を停止する雨」
次の瞬間、空から突然アタシを含む一帯に降り注いだのは、白い修道女が水魔法で生み出した、冷たい雨だった。
しかもこの雨の粒は、アタシの肌に当たった途端に、表面が凍りついていき、身体を冷やしていくのだ。
それだけではない、足元に落ちた雨水も地面に氷を張っていき、アタシの脚と地面を凍結した氷で縛ろうとしてくるのだ。
身体を冷やす雨にアタシは動揺を隠せずにいた。
「ふふふ。貴女の存在は危険だと、先程の戦いぶりを見て勝手に判断させていただきました」
と、白い修道女は両手の短剣を構え直して、アタシを仕留めようと脚を使い間合いを詰めてくる。
「ふふふ、無駄ですよ。その凍えた身体では先程までのような化け物じみた反応は出来ないでしょう……それでは」
だが、アタシは決して彼女が指摘しているように、身体が凍えて動かなくなるのを心配しているわけではなかった。
アタシの心配事は、この雨が森の中まで降り注ぎ、竈門の火や煮込みの鍋を台無しにしていないか、それが気掛かりで仕方なかったのだ。
「──死んで下さい。我が神セドリック様のために、ふふふ」
致命の一撃を放つ時ですら、穏やかな笑顔を崩さない白い修道女。
あの笑顔は余裕の現れなのだろう、アタシが魔法の雨を浴びて凍りつき、まともに動けないだろうという。
だからアタシはその前提を崩してやった。
脚を地面に縛り付けていた氷、そして身体の表面に張った氷を、右眼の筋力増強の魔術文字を発動させ、内側から叩き割っていき。
「うらああああぁぁぁぁぁああああッッ‼︎」
白い修道女の凶刃が届く前に、振り抜いたアタシの大剣が彼女の身体を捉える。
 




