27話 アズリア、剣鬼に教えを乞う
「ほれ、どうした小娘よ。あの時放った殺気は偶然の産物じゃったか?」
目の前に立っている老執事に対して、アタシは何度も相棒の大剣を幾度も振るうが。
「く、くそっ……アタシの剣が全然当たらねぇ」
その全ては老執事の身体を、ただの一度も捉える事が出来ずに、剣撃が空を切る音、空振った大剣が地面を抉る音だけが響く。
剣を振った回数は、百から先は数えていない。
「ふむ、確かに身体能力だけは高いようじゃな。だがのぅ……哀しいかな力任せすぎる。まだまだ動きに無駄がありすぎじゃて」
老執事の動きは、雷を纏った時の魔王様の速度と比較しても、決して速い程ではない。
なのにアタシの剣は、この老人の身体を一度も掠めることすら出来ていないのだ。
今のアタシは、老執事に言われた通りに、
「右眼の魔術文字を使用しない」という条件の下で剣を振るっている状態なのだ。
とはいえ、百以上も攻撃を仕掛けながらさすがに一回も剣撃がかすりもしないというのは、歯痒いと言う他の言葉もない。だから、負け惜しみの言葉がどうしても口から漏れてしまう。
「……魔術文字さえ使えたらこんな苦労はしないってのに」
「たわけが。お主は身体能力こそ人間とは思えぬ凄まじさじゃが、圧倒的に『眼』が足りておらんのだ、だから────」
だが、そんなアタシの言葉を正論で言い返しながら老執事は、こちらが真っ向から振り下ろす大剣を、僅かばかりの動きで刃が当たるかギリギリのところで躱されると。
「じ、爺さんの動きが……よ、読めない……ッ」
「────ほれ、この通り。こんな老人に遅れを取る」
そのまま懐に潜り込まれ、持っていた杖でアタシは額を叩かれてしまい、ただ小突かれた程度の打撃で地面に尻を突いてしまう。
既に何百回も尋常でない重量の大剣を、魔術文字による筋力増加をせずに振り続けたおかげで疲労困憊だったアタシは。
「……あ、あれ……?手が、力が入らない……」
「なんじゃ、もう終いか?……そもそもワシの動きをただ目で追おうとするから当たらんのよ」
立ち上がろうとすると、手が震えてしまい、身体を支えられずに再び尻を地面に突く。
その様子を見て老執事が一つ大きく息を吐き、自分の眼を指差しながら攻撃を一度も当てられなかった事への説教が始まる。
「小娘よ、今お主は何故……こんな遅い動きのワシごときを捉えきれなんだのか、疑問なのじゃろ」
「……爺さん、アンタはアタシの動きに合わせて避けてるんじゃない。こっちが動くより前に、まるでアタシが何処に剣を振るのかが分かってるみたいに動いてるんだろ……?」
そう。
アタシは途中から、何故に老執事へ攻撃が当たらないのかを知るために。結果を度外視して、ずっと老執事を観察していたのだ。
「ほう、まるっきりの猪突猛進な馬鹿ではないようじゃな。確かに小娘……お主の攻撃は速い。攻撃を放たれた後に攻撃を避けろと言われたら、無理じゃな」
アタシの答えに、何とも嬉しそうに表情を緩ませて笑みを浮かべながら、饒舌に説明を続けていく老執事。
「……それでもアタシは、爺さんに攻撃を当てられなかった」
「そう。ワシにはお主の次の動きが『視えて』るんじゃよ……お主の目線やその身体の動きから、どこにお主が動き、どこに剣を振るってくるのかが、な」
簡単に言ってくれているが。
今言った技術がどれ程に洗練されたものなのか、それは筋力増強の魔術文字で力一辺倒で戦ってきたアタシの戦法とは真逆に位置する、そんな技術だった。
意外なのは、宝珠の部屋で睨み合った時にはそこまでの実力者とは思えなかった老執事が、まさかこれ程の技術を有していることだ。
アステロペといい、モーゼスといい。
魔王領、まさに恐るべし。
「しかもお主は、その魔術文字という魔力を筋肉に変換する魔法に頼りすぎなんじゃ……ちょいとワシが『魔視』を使っただけで、次にどう動くのかが丸分かりじゃよ」
「……それは、一体どういうコトなんだい?」
確かに筋力増強の魔術文字は、生まれた時からアタシの右眼に宿っていたモノだ。だからその程度はあれ、物心ついた時からこの魔術文字に頼ってきた事は否定出来ない。
だが、それがアタシの動きを予測するのとどう繋がるのか、全く見当が付かなかった。
そんなアタシの疑問に、先程まで緩んていた表情が途端にこちらに失望するような顔に変わる。
「要するにじゃ。例えば……上から剣を振りかぶる時、お主は魔力を肩に込める癖がある」
老執事が持っていた杖を使い、振りかぶる動作をした後に、アタシの両肩をその杖で小突いてくる。
言われてみれば、確かに剣を振り下ろす際にアタシは両肩に一番魔力を込めていたりする。
「反対に、下から斬り上げる際には右腕と右脚に魔力が集中する。といった具合に動作ごとに魔力の移動、癖が一定なんじゃよ」
つい先程、顔を合わせたばかりの老執事に、ここまで細かい攻撃時の癖を見抜かれてしまっていたことに驚愕するしかなかった。
そりゃ攻撃が当たらないのは当然だ。
にしても、その「魔視」という技術だ。
アタシの身体の魔力の流れを見抜いたのも、どうやらその技術あっての結果なのだろう。
「なんじゃ、魔視を会得したいのか。方法は簡単じゃぞ。ただ、眼に魔力を込めるだけじゃ……ほれ、見えるじゃろ?」
アタシは、老執事が言う通りに右眼に魔力を集中してみると、目の前の老執事の身体に流れている魔力が……確かに視えたのだ。
────あれ?
この感じを前にもアタシは体験した気がするぞ。




