26話 魔王、帝国の動向に対応する
今回も引き続き魔王リュカオーン視点です。
だが、レオニール他二人の四天将も、まだ空席である唯一つの椅子を見つめながら。それでも議長役である俺様に口を挟むのを遠慮していたが。
「ねえ魔王サマ?……んー、まだ爺やさん来てないけど、それでも始めちゃうの?」
その空席について無邪気に聞いてきたのは、こちらの意図など御構いなしなユーノだった。
まあ、当然と言えば当然なのだが、モーゼス爺が欠席している理由が俺様にも起因している以上、そこは聞いて欲しくはなかったぞ。
「いやユーノ。モーゼス爺は今、ちょっと手が離せなくてな。今回は俺様たちだけで対処する……それとも爺がいないと不安か?」
「そんなことないもん!むしろ、ボクだけでも帝国のヤツらなんてやっつけてやるんだからっ!」
「だな、俺様もユーノがいれば大丈夫だと思ってる。頼りにしてるぞ」
何とか誤魔化すことが出来たが。
……まさか「剣鬼」とまで呼ばれたモーゼス爺が今は人間に付きっきりだと正直に話せば、バルムートあたりが癇癪を起こして、この間を飛び出しアズリアに襲い掛かりかねない。
勿論、身を案じているのはバルムートを、なのだが。
交渉事を得意としているレオニールは俺様の顔色を伺ったのだろうが、バルムートがその事を黙っていたのには理由がある。というのも、モーゼス爺は魔王陣営の中でも最年長という事もあって、直情的なバルムートは爺に諌められることが多く、頭の上がらない存在なのだ。
だから、帝国への対応を相談する卓にいないほうが自分の意見を通しやすい、と思ったのだろう。
「なら魔王よ、先陣は我に任せて貰いたいものだ。このバルムート、帝国の尖兵など我が魔斧で粉砕してくれよう!がっはっはっは!」
「……いやいや、帝国の対応はお二人に任せておけば安心っスね。それよりも深刻なのは食糧の確保っス……」
レオニールが心配しているのは、この魔王領であるコーデリア島の土壌は、大陸の土壌に比べ野菜や穀物といった植物の育成に適していないこともあり、魔王領は慢性的な食糧不足に陥っているのだ。
そこに帝国との小競り合いで済まない戦闘ともなれば、物資として大量の食糧が必要となる。
だが、備蓄していた食糧をはじめとする物資は、コピオス率いる大侵攻の際に大半を消費されてしまったのだ。
しかも、魔族と獣人族のみが住まう土地という悪評から、俺様らと交渉してくれるような酔狂な国家などなく。
故に、食糧不足は常に頭を悩ませている問題だった。
だが、その問題はつい先程、解決したのだ。
「いや、実はな。この城の地下にあった大地の宝珠なんだが────」
「そうですね……あの宝珠の魔力がこのコーデリア島の大地にも浸透してさえくれればいいのですが……」
「うむ、宝珠を取り囲むあの魔力を秘めた鎖さえ、何とか出来ればあるいは……」
この間で卓を囲む四天将、そしてアステロペは地下にある大地の宝珠の、そしてあの鎖の事も理解済みだ。
だからこそ、俺様は皆にこの場で伝える。
「あの鎖ならば既に取り払った。よってこれから先は大地の宝珠の魔力はこの土壌にも浸透するだろう」
「……嘘っスよね?」「な、何と?」「ホントにっ?」
俺様の発言に、事前に申し合わせたように驚きの声をあげる四天将の三人。
もちろん驚いているのは、俺様の横に立たせていたアステロペもだった。ただ声をあげなかったのは驚きの余り声が出なかっただけらしい。
「ま、魔王様……それは本当なのですか?あの鎖は、魔王様を含めて我々、そしてこの場の四天将があらゆる手を尽くしても解除出来なかったモノなのに……」
「────確かに俺様らではどうしようもなかった。あの鎖を排除したのは……アズリアだ」
アステロペが、他の四天将らには聞こえないような小声で、耳元に顔を寄せて話しかけてくる。
だから俺様も、既にアズリアの存在を知っている彼女には事実のみを伝えておいた。
何故事実のみなのかと言うと、アズリアから説明を受けたとはいえ、俺様はその半分の内容も理解出来ていなかったのだ。
そもそも────魔術文字という、不可解な魔力を理解するには、時間があまりにも足りな過ぎる。
「……アズリアというあの人間、本当にこちらの手元に置いておいて、よろしいのでしょうか?……失礼ながら私は不安で仕方がないのです……」
アステロペがそう口にするのは当然だ。
俺様だって、まさかコピオスを討ち取った相手に一目惚れして、花嫁候補としてわざわざ呼び寄せた人間が。
魔王と呼ばれた俺様と互角以上に渡り合った挙げ句に、魔王領の長年の問題を解決してくれるなどとは想像していなかったのだから。
だが、今はいてくれないと……困る。
俺様が好いている、というのもあるが。
「そう言えば、その鎖を排除したというアズリアは今、何処で何をしているのですか?」
「それは……お前の父親に聞いてくれ。多分、今アズリアと一緒にいると思うからな」
「────父と?……ああ、そういう事ですか」
そう。
今、アズリアを全力で鍛錬しているに違いない、四天将最後の一人「剣鬼」モーゼスは、アステロペの実の父親でもある。
一番の理由は、一度火のついたあのモーゼス爺は俺様でも、バルムートでもユーノでも満足させられないからだ。
「……食糧の問題が解決したのは理解したっス。ならばなおさら、帝国への対処はどうするっスか?」
「なあに、帝国の連中など我が魔斧で蹴散らしてくれるわ!がっはっはっは!」
「ねえ魔王サマあ……ボク、もう話し合い飽きちゃったよお、そうだっ!久しぶりにボクと模擬戦しようよっ!ねーえっ、しようったら、しよ!」
ただし、爺がいないとこの会議が全くと言っていい程、機能しなくなるという弊害はあるのだが。




