25話 魔王、四天将を招集する
この話は魔王リュカオーン視点となります。
俺様は基本的に自分のこの、鋭い爪を用いて戦う。
故に若い時から傍に控えていた教育役だったモーゼス爺が、もっと踏み込んだ事……とどのつまりは自分が学んだ剣術を、隙あらば俺様に教授したげな様子を時折り見せていたのを、実は知っていた。
運の悪い事に、魔王領の陣営にはアステロペや他の奴等も含めて、剣を扱う者がいなかったためか、モーゼス爺がその欲求を満たす機会はついぞ訪れる事はなかったのだ。
そんな折に現れたのが、アズリアだった。
当初はアズリアが人間だと警戒していたが、俺様と対等に張り合えるだけの腕前を持つ女だ。モーゼス爺も興味を持たないワケがない。
「アズリアには悪いが、これも爺のためだ……許せ」
きっとアズリアはモーゼス爺に連れて行かれ、今頃はみっちりと面倒を見てもらっていることだろう。
次にアズリアと顔を合わせた時に殴られる覚悟くらいはしておこうと思いながら、俺様は黙って地下の部屋を離れて、魔王としての役割を全うするためにアステロペら配下の元へと向かう。
すると、すぐに俺様を探していたのであろうアステロペの姿を見つけることが出来た。
彼女は俺様と目が合うと、少し怒った表情をうかへながら、こちらへと早足で近付いてくる。
「あっ!……何処に行っていたのですか?四天将は既に揃って魔王様をお待ちになられておられますよっ!」
「ああ、悪い悪い。ちょいと野暮用でな」
「それは……あのアズリアという人間のことでしょうか」
俺様の顔面に一撃を加え、なおも暴れていたアズリアに彼女が睡眠の魔法をかけ、ここ魔王城まで運んできたのだが。
やはりアステロペは、アズリアに対してあまり良い感情は抱いていない様子だ。
だが、そのアステロペもまさか地下の祭壇で、そのアズリアが長年大地の宝珠と俺様らの接点を拒んでいた魔法の鎖が取り除いた事を知らないのだ。
だから俺様はどうしても顔がニヤけるのを止められず、彼女もまたそんな俺様の様子に気付いたのか。
「魔王様があの人間をお気に入りなのは理解しましたが、どうか四天将の前では出来る限りそのような態度は避けておいたほうがよろしいかと」
「……確かにな。帝国が軍を動かしてきた、というのは本当なんだろうな」
「はい、残念ながら。今までのような一部隊だけの暴発ではなく、大々的な出撃だと報告を受けております」
アズリアにも説明した通り、帝国とは今までも何度かは小競り合いはあった。そのほとんどは帝国の部隊が魔族や獣人族の集落を襲撃した事を火種としていたのだが。
その度に帝国の軍隊と、四天将率いる魔族と獣人族の混合した戦闘部隊が衝突し、その全てを魔王陣営が押し返していた。
ここ数年ほどは帝国が動くこともなく、少しばかり油断していたのだが。
「待たせたな、お前たち……四天将が揃うのは久しぶりになるのか」
俺様とアステロペは、四天将を待たせている部屋へと到着する。
そこは「討議の間」と呼ばれ、四角い卓が部屋の中央部に配置され、上座に俺様の座る席が一つ、その両脇にはそれぞれ二席が設けられ。
四天将と呼ばれる、この魔王領に住まう大勢の魔族や獣人族を指揮する役割の四人のうち三人がその席に既に着いていたが、まだ席には一つ空きがあった。
「遅いぞ魔王!このような緊急事態に……全く、危機感が欠落しているのではないか?」
「遅れたのは野暮用だ、許せよバルムート」
俺様が討議の間に入室したのを見るや、分厚い鎧を纏った巨体を椅子から立ち上がらせ、天井へと届きそうな頭から俺様を見下ろして遅刻を叱責するのは牛魔族のバルムート。
その巨躯は伊達ではなく、魔王陣営一の怪力を自負し、戦場では先陣を切って得物である巨大な戦斧を振り回す、顔だけでなく全身くまなく傷痕の残る、根っからの戦闘馬鹿だ。
故に付いた渾名は「剛嵐」のバルムート。
「そんなにカリカリしないでよバルムート、ボクは全然気にしてないよ?……まあ、いつもの帝国でしょ、いざとなったらボクが頑張るからね魔王サマっ!」
「ああ、その時は頼りにしてるぞユーノ」
バルムートとは真逆に、ボサボサと手入れのされていない金髪をなびかせた見た目は子供だが、これでも立派な獅子人族の戦士であるユーノ。
爪を使った格闘技術や素早さは俺様に引けを取らないため俺様の代わりに獣人族の指揮を任せている。
獣人族らからは「鉄拳」ユーノと呼ばれている。
普段は、椅子を立って俺様に人懐っこく絡んでくるように、本当にただの子供にしか見えないのだが……
ちなみに、ユーノは自分のことを「ボク」と呼んではいるが、これでも実は女なのだが。
「そ、そそそ……そうですっ帝国デスっ?ま、魔王様は……攻め込んできた帝国の連中にどう対応するつもりっスか?……コピオス様抜きの戦力で」
「おいおい、いい加減に弱気すぎる発言はやめろって言ってるだろぉレオニール。お前はもうコピオスの副官じゃねえ、れっきとした四天将なんだからな」
他の二人とは違い、椅子に座ったままでこれからの方針を話題に上げてくれる話上手な女性はレオニール。彼女は俺様と同じく、魔族と猫人族の半血種なのだが。
話に出ている通り、元は四天将だったコピオスの副官だった彼女は例の大侵攻には参加せず、魔王領に残ったコピオス配下の残存勢力を説得した功績で四天将に昇格した経緯があった。
そんは彼女の渾名は「幻惑」のレオニール。
別に戦功や単純な武力のみで四天将という役割を判断してはいないのだが。その経緯故に、あまり他の魔族からの評判は芳しくはない。
俺様はじゃれ付いていたユーノに席に戻るよう促し、バルムートには着席を求める。二人とも理由は別だが納得いかない表情を浮かべながらも、席に座るのを確認すると。
「それじゃ始めるか。また性懲りも無く俺らの領土に足を踏み入れた帝国の連中に、今回はどう対処するのかをな」




