22話 アズリア、伝承を目の前にする
アタシの話が終えると、顔を真っ赤に憤慨させた執事のモーゼスが口を開き。
「そんな世迷言を信じろ、とでも言うのか……人間め!」
再び腰に構えた剣に手を伸ばす。
一方で、魔王様の様子はというと顎に手を当てながら、何か考え込んでいる表情だ。
そしてアタシに視線を向けると、意を決したように言葉を返してくる。
「アズリア、その鎖に触れてみてくれ……安心しろ。俺様も鎖に触れた事はあるが、こちらを害するような効果はなかった」
「ま、魔王っ?まさか此奴の言うことを信じる……とでも言うのですか?」
魔王様の言葉に驚きを隠さず、感情的になってアタシとのやり取りに横から口を挟んでくるモーゼス。
「俺様もそんな声なんて聞いた事はないし、にわかに信じ難い……ってのが普通の反応だろうなぁ」
「それならば何故っ?」
モーゼスの強い口調に、何ともバツの悪そうな表情で頬を指で掻きながら、アタシに微笑んでくると。
「そりゃ、なぁ……魔王という立場以前に、惚れた女を信じるのは当然だろ……な?」
「………………は?」
そんな魔王様の回答を聞いた後。
大きな溜め息を吐いて、がくりと首を項垂れて肩を落とす老執事。
その直後に、アタシに向けて放たれる凄まじい殺気を込めた視線。
だが、アタシもそろそろ我慢の限界だった。
一度ならず二度までも殺気を放たれ、笑って済ませたり、逆に泣き寝入りしなければいけない道理はない。
アタシは老執事の殺気を込めた視線を真っ向から受け、こちらも背中の大剣に手を伸ばし、この場で斬り合うつもりでモーゼスに視線を投げる。
「────ぬぅぅぅぅっ⁉︎こ、此奴っ……」
次の瞬間、アタシと老執事の間に張り詰めていた空気が、バチィィン!と弾けるような感覚。
一歩も怯むことなく不敵に笑うアタシと。
空気が弾けた瞬間、身体を怯ませた老執事。
「何だい……まだ、何か文句があるってのかい?」
「っ……いや、もういいわい……」
殺気のみの攻防だったが、今回はアタシが勝利したことで、それ以上モーゼスが言葉を挟んでくることはなかった。
老執事を黙らせた後、アタシは一番最初に尋ねたかった疑問を魔王へとぶつけてみるのだった。
「で、魔王サマ。鎖に触れるのはわかったよ……でもさ、あの中央に浮かぶ、トンデモない魔力を発してるあの結晶は一体何なんだい?」
アタシは、まさかそこまでこの疑問が深刻なモノなのだという懸念など持っていなかった。
せいぜいが「この建物の魔力を供給する魔導具」程度だと思っていたのだが。
魔王様の口から語られた真実は、今度はアタシが信じられない内容であった。
「アレはな……このコーデリア島だけでなく、ラグシア大陸いや世界の大地の均衡を保つ、世界に四つしかない『大地の宝珠』ってヤツだ」
「────────え?」
一瞬だけ呆気に取られ、妙な声を挙げてしまったアタシ。
「い、いや、それってさ……お伽話に出てくるあの『宝珠』ってコトかい?」
未だに目の前にある物体が説明されたモノだとは信じ難いアタシに、無言で頷く魔王様。
大地の宝珠とは。
ラグシア大陸では定番となっている伝承で、子供の頃には両親から聞かされたり、街の酒場で詩人が歌っているのを耳にする機会も多いのだが。
世界の均衡を保つと言われる6個の宝珠。
大地、太陽、星、海、火、そして風。
その一つ一つが、膨大な魔力と世界を統べる力を秘めていて、名だたる支配者や英雄、魔導師らがその宝珠を探し求めたらしい。
よく酒場で流れる詩では、宝珠を手にした英雄だったり。宝珠を求めて争う二つの王国などが人気だった。
しかし現実には、宝珠をその手に握った者はラグシア大陸には未だ存在しない。
故に6個の宝珠というのは、伝承の中にのみ謳われ、今となっては宝珠を求めて旅をするなどと言うと馬鹿にされる、もはや架空の産物。
……というのが一般的な解釈なのだが。
その伝承に謳われているその一つ、大地の宝珠。
それが今、アタシの目の前にあるのだ。
いや、だけど……確かにそれなら。
下り階段を降り切った場所に立ち塞がっていたあの分厚い石壁も、そしてこの幾重にも張り巡らされた魔法の鎖も。
何故そこまで厳重に行く手を阻んでいたのか、その謎にも合点がいくというものだ。
そこでアタシは、とある事を思い出す。
部屋に寝かされる前に丘陵から見た、グランネリア帝国という連中のことを。
「なあ魔王サマ……もしかして、あのグランネリア帝国の狙いって、この……大地の宝珠だったり、するのかい?」




