21話 アズリア、目の前に輝く結晶体
石壁の先の通路には、照明となる光源がなく最初のうちは手に持っていた即席の松明で辺りを照らしながら歩いていたのだが。
視線の先には何故か、光が見えたのだった。
アタシは思わずその光源の元へと駆け出したい気持ちだったが。
オービット曰く、暗闇に道標となる光を灯し、その光目指して歩いていく人間の足元に落とし穴などの罠を仕掛けるのは定石だと。
その言葉を思い出して、松明で慎重に足元を照らしながら先へと進んでいくと。
危惧されていた足元の罠などはなく、アタシはその視界の先にある光の元へと到着する。
「……な、何だい、この部屋はぁ……?」
そこは、大きな部屋になっていた。
階段のある通路や、先程まで通ってきた通路とは違い、この部屋を取り囲む全ての壁や天井がほのかに発光していて、部屋全体を照らしていた。
どうやって壁や天井が光っているのか、材質なのか魔法の効果なのか、実に興味深いのだが。
そんなことよりも視線が向いてしまうのは、部屋の中央だった。
それは……異様な光景だった。
知らない文字のようなものが彫られた祭壇に浮かぶ、淡い輝きと魔力を放つ透明な立方体。その立方体の結晶が上下を角にして、ゆっくりとした速度で回転しながら、その祭壇の真上に浮かんでいる。
先程アタシが感じた、身体を包み込むような濃密な魔力の発生源は、宙に浮かんでいるこの立方体の結晶だった。こうして間近によると、発生している魔力がいかに膨大な量と濃密さなのを肌に感じ取れる。
それこそ、この部屋に長くいると、この濃い魔力で酔ってしまいそうになる程に。
だが、それを詳細に調べるため祭壇に近付こうにも、祭壇の周囲には二重、三重と幾重にも張り巡らされた鎖が、祭壇と結晶に近寄らせまいとしていた。
しかもこの鎖は何らかの魔力を帯びているようで、無理やり鎖を引き剥がして祭壇へと侵入しようにも、鎖に込められた魔法の種別が不明なうちは、石壁の時のように強引に突破する、というわけにもいかない。
アタシをここまで呼んだのは果たして。
立方体の結晶なのか。
祭壇を取り囲む、魔力を帯びた鎖なのか。
それとも、それ以外の何者かなのか。
「は、ははッ……声に呼ばれるままに来ちゃったけど、コレって……アタシがどうこう出来るモノじゃないんじゃないかねぇ……」
……呼ばれておいてこんな事を言うのも妙な話なのだが。
アタシは最初、旅の目的である魔術文字なのではないかと期待もしたし。
頭に語りかけてくる程度の知性を持った魔導具の可能性も大いにある、と思っていた。
だが、この部屋に到達して話は変わる。
この結晶はその大きさや質量でも、ましてや発生させている膨大な魔力からも、もうアタシ個人でどうこう出来る範囲を超えている気がしてならないのだ。
さて、何処から手をつければよいのやら。
アタシは思わず頭を掻きながら、まずは祭壇を幾重にも囲っている鎖が帯びている魔法が何であるかを調べようとすると。
「そこにいるのは誰じゃ!侵入者め……まさかあの石壁を退けるとはのぅ」
「────アズリアか!」
背中から聞こえてきたのは二人分の声だった。アタシの名前を呼んだのが魔王様なのは判別出来たが。
もう一人、アタシを厳しく叱責する声はアステロペではなく、全く聞き覚えのない老齢の男性のものであった。
少し驚いて、アタシが背後に振り向くと。
見た事のない執事風の服装を纏った白髪の老人が、腰に差した剣の柄を握りながらアタシへと明確な殺意を放っていた。
その老人の一歩前に立ち塞がる魔王様が右腕で制してくれていなければ、間違いなく剣を抜き放ちアタシへと斬り掛かってきただろう。
「リュカオーン様、知った顔なのですかこの侵入者の人間を?……もしや此奴は帝国の」
「いやモーゼスよ、この人間は俺様の客だ。説明は今からする……だから、まずその殺気と剣をしまえ」
そう諭されると、「モーゼス」と呼ばれた執事風の白髪の老人は、腰の剣から手を離し。腰を落とした攻撃の体勢を崩し背筋を伸ばして、一度アタシへと頭を下げると魔王様の背後へと退がる。
……その表情は終始、納得しているようには見えず、アタシを睨んだままだったが。
「さて、次はアズリアだ。何で俺様を殴った挙句にアステロペに眠らされてここまで連れてきたお前が……この部屋にいるのか説明して貰うぞ」
「…………う」
そう口にする魔王様の言葉には、最初に会った時の軽薄さは感じられず。アタシを見るその目も笑ってはいなかった。
あの執事、モーゼスの反応と合わせると、やはりこの部屋は、余所者に容易に侵入されないように厳重に隠されていたのだろう。
最初は、偶然この通路を見つけたことにして、不信感を持たれるような発言をせずにこの場を乗り切ろうと思ったのだが。
ただでさえ魔王陣営の内側ではあのグランネリア帝国とやらの存在で人間というだけで嫌悪感を持たれているのだから。もし、真実を語っていないのに気付かれてしまえば、信頼の回復は多分不可能だろう。
なら、ここは馬鹿正直に話すしかない。
「わかった。アタシが何故この部屋に来たのか、一から説明するよ────」
アタシは目覚めてから、頭の中に声が聞こえた事。
その声に導かれて地下への階段を発見した事。
石壁を排除して、この部屋に辿り着いた事、を嘘偽りなく二人へと話していったのだ。




