18話 アズリア、魔王の城へご案内
……気付くと、アタシは見知らぬ場所の寝床に寝かされていた。
そりゃ、つい先程まで屋根のない屋外にいたのに、目を開けたら建物の中なのだから、少しばかり驚いたが。
まずは、ここがどこだかを知らなくては。
「あれ?……アタシ、確か……アステロペに座らされて、グランネリア帝国の事を聞いてたんじゃ……」
記憶を辿ろうと頭を回そうとすると、少しばかり頭の回転が重く、鈍っているのがわかる。
よく、酒場などで夜に酒を飲み過ぎた翌日によくある体験だが。
もう一つ、精神に作用する魔法をかけられた時にも酒に酔った翌日の感覚にも似た頭の状態になるのだ。
「て、コトはだ。アタシは精神に何らかの魔法をかけられて、この……見知らぬ場所まで連れてこられたってワケかい、ったく」
こんな状態でいくら頭を悩ませてみても、魔王様と一緒に地べたに座らされた……その後の記憶がどうにも思い出せない。
ふとアタシは寝床から起きて、まずは周囲の様子を確認していく。
驚いたのは、今いる部屋の広さと豪華さだ。寝床が一台あるだけにもかかわらず、アタシが知る限り一番広かった宿の個室と比較にならない大きさなのだ。
「それに……凄いなこの寝床は。こんな状況じゃなけりゃ、ずっとくるまって寝てたい柔らかさだよ、コレ」
広さだけでなく、アタシが先程まで寝転がっていた黒塗りされた寝床の装飾も、確かに宿に置いてあるような素っ気ない代物ではなかったし、何より……寝床の柔らかさ。寝心地の良さ、といったら。
寝床だけ見ても、下手な各国の貴族よりも高級な部屋が用意されたのは間違いない。
もし、寝床のような大きな荷物を持ち運びすることが出来る魔法があったなら、迷う事なくアタシはこの寝床を持って帰っていただろう。
次に自分の身体がどうなっているかを観察すると。
うん。
寝床で寝かされてはいたけど、装着していた部分鎧は外された様子はないし。
寝床の横を見ると、今まで幾多の戦場を共に駆けてきたアタシの相棒とも言える大剣が、部屋の壁に立て掛けられていた。
「アステロペじゃこの得物は持ち上げられられそうにはないし、となるとやっぱり……ココまでアタシを運んできたのは魔王サマの仕業だよねぇ、間違いなく」
アタシは溜め息を一つ吐いて、寝床から立ち上がる。壁に立て掛けてあった大剣を手に取り、背中へ背負って今いる部屋の外へと出るために扉を開けようとするが。
どうやら鍵が外側から掛けられているようで、何回か開ける試みをしたものの、扉が開く気配はなかった。
「まぁそうだよねぇ。向こうからすればアタシは望まれざる客、だもんね────さて」
生憎とアタシは、斥候が持つような解錠技術など持ち合わせてはいなかった。となれば、どうすればいいのか。
答えは簡単だ。
アタシは、右眼の魔術文字が元に戻っているのかの確認も兼ねて、魔力を右眼へと集中させる。
次の瞬間。右眼から巡る魔力で、全身の筋力が増していくのを感じる。
どうやら右眼には魔王との戦闘中に浮かんだ九天の主ではなく、元々の筋力増強の魔術文字が戻っていたようだ。
アタシは右眼の魔術文字を発動させ、増した筋力を込めて扉の錠を破壊し、無理やり扉を開いていった。
「ふぅ……コレで外に出られるね。どれどれ」
部屋の外に出てみると、そこは大きく開けた廊下になっていた。外側から扉に錠が掛けられてはいたが、見張りなどは配置されていなかったため、アタシは悠々と廊下を歩き探索を行うことが出来た。
「しっかし……馬鹿みたいに広いねぇ。下手に歩き回ると迷子になりそうだよ、冗談抜きで」
部屋の大きさ、廊下の長さなどから。
少なくとも、今アタシがいるこの建造物の内部は以前立ち寄る機会のあった、ホルハイムの王都アウルムにある王城よりも大きいと推察出来た。
少し不気味だったのは、これ程に広い建造物と豪勢な造りなのにもかかわらず、内部に見張りはおろか、人の気配を微塵も感じなかったことだ。
そもそもここは、何のアテも無い魔王領だ。
アタシが一人で勝手に動き回っても仕方がない。本来ならば「花嫁にする」という要件に決着がついたのだから、早く元いたホルサ村へ返して貰いたいのだが。
……そのためにも、魔王様を早く見つけださないと。
どうやら、アタシが寝かされていた部屋はこの建物の2階部分だったようだ。
そのまま長い廊下を歩いていくと、2階と1階が長い階段で繋がっている大きな吹き抜けとなった玄関ホールへと辿り着く。
アタシは階段を歩き1階部分へと降りていき、唯一それが何なのかを理解出来る玄関へと歩を進め、その扉に手をかけると。
────コチラ、ヘ、コイ。
ふと、アタシの頭に直接響いてくるような、声。
それは、玄関の扉の向こう側からではなく、今いる建造物の内側から、確かに聞こえてきたのだ。
アタシは背後に振り向いて、その声の主を目線を色々な箇所へと移しながら探していく。
魔王に関連する建物なのだから、もしかしたら幽霊や幽鬼などの亡者の類いでも……と思ってみたが、やはり声を発するような存在を見つけることは出来なかった。
────コチラダ……チカラモツモノ、ヨ。
それでも、声は聞こえてくる。
アタシは、聞こえてくる声の方向を頼りに、一旦建物の外へと出るのを諦め。少しだけ興味の湧いてきたその声の主を確かめることに、決めた。




