15話 アズリア、魔王領の現状を知る
何故かアタシは、あのアステロペという女魔族に随分と嫌われてしまっているようだ。そんな彼女は、魔王の真後ろは譲らないとばかりにアタシの前を歩こうとする。
……やれやれ。
彼女からは魔王様へ配下としての忠誠心以上のものを感じるのだが。
アタシは一方的に花嫁に選ばれて、それを全力で跳ね除けた存在なのだから、敵意を持たれるのは筋違いなのだけど。
彼女はそんな事情を知らないのだから無理もない。
既に丘陵の頂きに到着していた魔王様に遅れることしばし、出来る限りアステロペを追い抜かないよう歩速を加減しながら。
ようやくアタシも丘陵の一番高い地点へと到着すると。
ここより遥か先にある、丘陵から見下ろせる低い位置に広がる土地に見えてきたのは、都市。
かなり大きな規模の都市にもかかわらず、城壁による囲みや防壁は見えないが。代わりに中央部に特徴的で巨大な建造物のある、そんな都市だった。
「アレが……魔王サマが治める魔族たちと獣人族の街、なのかい?」
アタシは横にいる魔王様に尋ねてみるが、その様子を見たアステロペが咳払いを一つしながらアタシと魔王の間に割り込んでくる。
まあ……彼女の行動はいいとして。
聞いてはみたものの、何となく違和感はある。
確か、ここ西の魔王領に住んでいるという獣人族という種族は、人間よりもどちらかと言えば自然の中に生きる妖精族の生活様式に近いと噂には聞いている。
そんな獣人族の集落が、石と木材の建物で出来た街なのだろうかという、そんな違和感。
「は?……馬鹿か貴様。あのような汚れた街が我々の住み処な訳なかろうが」
アタシの質問に、割り込んできたアステロペが当然だろう、という雰囲気を漂わせた言葉を吐き捨てるように言い放つ。
だが、彼女は罵倒の言葉だけで終わらせずに、あの都市の説明を続けてくれた。
「あれはな、わざわざ外の場所からこの魔王領を奪い取るために海を越えてやって来た人間ら……グランネリア帝国を名乗る国家の都市だ」
「グラン……ネリア、帝国?」
────グランネリア帝国。
アタシも7年程旅をしていたが、そんな国の名は聞いた事がなかった。もちろんアタシが旅で回ったのはあくまでラグシア大陸と、その外部といってもコルチェスター諸島くらいだ。
だからアタシの知らない国家があったとしても全然不思議な事ではないのだが。
それを聞いてもう一度、遠くに見える街の様子を見返してみた。アタシが懸念していたのは、あれが帝国の侵略に関連しているかどうか、もしかして帝国がその正体を擬装するための大掛かりな工作を疑ったが。
建造物の様式は、帝国の様式とは全く違っているように見えるし。
そもそも、アタシが知っている帝国の方針が、軍事的に侵攻・制圧なのが変わっていないのならば、自分らの正体を隠す真似をするとは思えない。
「そ、そりゃ、帝国と名乗ってるからって全部同じ国だなんて有り得ないモンねぇ!」
つまり、結論はというと。
今話題に上っているグランネリア帝国という連中は、ドライゼル帝国は全く関連のない別途の国家だということだ。
アタシの中で 一つ胸のつっかえが取れ、安堵のあまり大きく溜め息を吐き、思わず表情を綻ばせてしまった途端に。
「……はあぁぁぁ……よかったぁ……」
すると、横にいたアステロペが冷たい目線とともに、アタシの安堵の呟きへ鋭く斬り込んでくる。
「一人勝手に何かが解決したようで本当によかったな貴様。まあ……我々のほうはと言えば、何も解決してないのだがな」
一々、アタシへの反応が厳しいアステロペ。
「────コホン……あまりアズリアを虐めてやるなアステロペ」
女魔族が作り出した、張り詰めるような緊張した空気を打破しようと、魔王様が咳払いを一つ割り込ませて一言ピシャリと彼女を諫めていく。
その言葉に黙ってしまう女魔族。
さすがは魔王なのだと、その時は感心していたのだが。
「彼女はな。俺様が花嫁にするためにわざわざ人間の都市から召喚だだけで、何も我らの事情を知らなんだ」
次の瞬間に特大の禁忌魔法を放ってくる魔王様。
────周囲の空気がその一瞬で凍り付く。
確か……アタシを花嫁に選んだ事を誰にも説明していないと、このポンコツ魔王は言っていたのはつい先程のことだ、憶えていないわけがない。
「………………は?………………今、何と?」
つまり、アステロペも今、初めて知ったのだ。
魔王様がアタシを花嫁に選んだ事実を。
……アタシは、アステロペをジッと観察する。
アステロペは魔王様に焦点を合わせたまま頭は動かしてはいないが、彼女の身体から普通でない魔力が膨れ上がっているのだけは理解した。
ということは彼女は今、アタシを見ていない筈だ。
ならば今、一番優先しなければいけないのは。
「────この場から逃げなきゃ」
魔王様の口から放たれた禁忌の言葉によって、これからこの場で起こるであろう被害に巻き込まれないように、足音を殺しながら。
……アタシはこの丘陵をソッと立ち去ろうと試みる。




