14話 アズリア、霊薬を飲む
アタシの質問に対して、最初は動きを抑えていた女魔族アステロペと顔を合わせていた魔王様だったが。
「……リュカオーン様。この女は、帝国の人間ではないのですね?」
「ああ、それは間違いない」
彼女、アステロペが発した「帝国」という単語に思わずドキッと反応し、表情を強張らせてしまう。
否定してくれた魔王様には悪いが。自分から故郷を捨てて旅に出たとはいえ、アタシは確かにドライゼル帝国の出身には違いないからだ。
アタシの頬に冷や汗が滲んでくるのがわかる。
だが……まさか帝国が、こんな辺境の魔王領にまで侵略の手を伸ばしているとは予想外だったが。
そんなこちら側の緊張など知る由のない魔王様が、何とか大剣を支えに立っているアタシの手を取り。
「少し歩いた場所に小高い丘がある。そこに登って説明してやろう。ほれ、アズリア?」
と、多分その丘陵へと案内してくれるつもりなのだろうが。
膝がふらつくこの状態で手を引かれ、支えを失ったアタシは体勢を崩して前のめりに倒れてしまう。
「おっと……まだ回復しきってなかったか、危なかったなアズリア」
また地面に倒れ込むと思ったアタシの身体を、両腕を絡ませて抱き寄せるように支えてくれたのは、倒れる元凶となった魔王様その人であった。
だから、普通ならば身体が密着して少しは魔王様に対して胸が高鳴るものだが。
「……アンタが手、引っ張ったからだろ?いいから、そろそろ離してくれないかねぇ?」
「いや、まだ身体フラついてるじゃねえか。無理するな、ほら。丘まで俺様が連れて行ってやるから」
「あはは、そこは謹んで遠慮させてもらうよ」
「……そ、そうか」
アタシは苛ついた気持ちを隠すことなく、すぐに魔王様の腕を跳ね除けて、自分の足ですぐに体勢を持ち直す。
アタシに素っ気ない態度を返された魔王様は、目に見えて落ち込んだ表情を見せて溜め息を一つ吐くと。
雷針の効果が切れて、動けるようになったアステロペが近寄っていき。
「リュカオーン様もまだ戦闘による消耗が激しい様子。どうかこちらをお飲み下さいませ」
傷心の魔王へと、手に持っていた小瓶を手渡す。
アステロペの口振りから、小瓶の中身は回復薬の類いなのだろう。
手渡された小瓶の蓋を外し、瓶に満たされている中身の液体を半分ほど喉に流し込む。
すると、魔王様の身体が淡く光り輝き出し、表面に受けた火傷や斜めに斬り裂いた切傷が綺麗に治癒していたのだ。
「……ふう、さすが霊薬はいつ飲んでも凄え効き目だぜ。まさかこの霊薬がお前の手製だなんてなぁ……」
「お褒めに預かり光栄ですリュカオーン様。それで……何故、半分しか飲まれなかったのですか?」
どうやら、この凄まじい効果の回復薬は、このアステロペという女魔族が作成したという事だが。
こんな効力の回復薬が製作出来るなんて、余程優れた薬学の知識や魔法の腕がなければ無理だ。
……最初の印象とは違い、さすがは魔王配下と言うべきか。
「ああ、それはな────ほれ」
と、魔王様がまだ半分ほど薬液の入った小瓶を、アタシへと手渡してきたのだ。
「え?いや、まさか……この中身、アタシにかい?」
「そりゃ当然だろ。見たところ、アズリア……お前のほうが俺様よりもボロボロで、霊薬が必要なのは寧ろお前のほうだろ?」
「い、いや……でもさ」
霊薬の製作者たるアステロペを見ると、こちらを凄い形相で睨み付けてきていた。
「いいから飲めよ、アズリア」
そんなアステロペのアタシに対する感情を知ってか知らずか、霊薬を飲むように勧めてくる魔王様。
ううう……この流れでまさか断るわけにもいかず。
アタシは、受け取った小瓶に口をつけると、瓶を傾けて中身をグイ、と喉へと流し込んだ。
「……あ、その瓶って⁉︎……あああ……あああ……」
アタシが瓶から霊薬を飲む様子を見ていたアステロペは、あわわと口を隠すように顔を真っ赤にしながら凝視していたのだ。
……何故か理由は知らないが。
霊薬が喉を通ると最初に感じたのは、香草をそのまま生で大量に飲み込んだような喉が焼け付くようにヒリヒリとした感覚。
続けて、腹を爪撃で刺された傷や、雷撃で焼かれた皮膚がみるみるうちに治癒していき。
先程まで、大剣の支え無しでは立っているのも困難だった程の枯渇した魔力も、何とか普通の動きが出来る程度には補填されていたのだ。
魔力の回復まで……信じられない効果だ。
「それじゃ、そろそろお前が質問したことについて話したいんだがな、アズリア」
「……ああ。丘の上で、だったね」
足が普通に動く。
どうやらこの魔王領の現状を説明するためには、どうしても丘陵に登る必要があるようだ。アタシは霊薬の効果で回復し、動くようになった自分の足で先に歩いていた魔王の後をついていく。
すると、アタシの傍に近寄ってきたアステロペが耳元で小さく告げてきたのだ。
「────やっぱり私はお前が大嫌いだ」




