13話 アズリア、人影に対処する
だが、気配がする側に視線をチラリと傾けると。
その人影は度々、こちらへ飛び出してくる様子を見せているし。
何よりも手に持っている物騒な武器は、決して倒れているアタシを優しく介抱するための道具などではないだろう。
アタシは別に敵対する気などないのだが。
向こう側が敵対する気が満々ならば、話は変わってくる。アタシは善人ではないから、こちらを害してくる意図があるならば、容赦などしない。
だが、先程魔王様に確認したように、あの人影はそちら側の陣営のようだ。
だから一応、魔王様へと目線のみで確認をすると。
コクリと頷きながら、素っ気なく一言だけ。
「……構わん、アズリアの好きにしていい」
承諾は貰った。
あとは……あの人影がどう行動するか、だが。
出来れば、敵対的な行動には出ないで貰いたい、とアタシは心の中で願っていた。
だが、どうやらそんな願いも虚しく。
人影は今度こそ、と意を決したように、岩陰から剣を構えて飛び出してきたのだ。
「きっ、貴様あああ!リュカオーン様から離れろ人間めえええっっ!」
そこでようやくアタシはその人影が何なのかを見ることが出来たのだが。魔王領などに知った顔などいる筈もないのに、何故かその人影……魔族の女に見覚えがあるのだ。
何処で見たのかは残念ながら思い出せない。
だが、まずはこの女魔族をどうにかしないと。
普段のアタシなら普通に大剣を構えて迎撃するのだけど、魔力がすっかり枯渇した今のアタシは大剣を握るどころか、手足の指を動かすだけで鋭い痛みが走り、立ち上がるのさえ難しい。
それでも、さすがに地面に寝転がったままで剣を持った魔族に対応出来るような超人ではアタシはなかったので。
手足の筋や筋肉に走る断続的な痛みに、歯を食いしばり耐えながら、大剣を身体の支えにして何とか立ち上がることに成功する。
しかし、上手くいったのはそこまでだった。
「はっ!そんなボロボロの状態でこのアステロペの相手が出来るものかっ!……死ねええっ人間んんん!」
感情を剥き出しに叫ぶ女魔族が突き出す剣は、アタシが想定していたよりも、鋭く……そして、早いモノだったのだ。
アタシの身体はもはや一歩も動かずことが出来ず、ただ腹にその切先が突き立てられると思ったその時。
眼前にまで迫っていた女魔族の身体が。
腹に構えた剣が突き刺さる直前で停止したのだ。
「なっ?か、身体が、動かない……っ?に、人間っ!貴様何をし────」
「……そこまでだ。アステロペよ」
突然、自分の身体に起きた異変に、アタシがそれを起こしたものだと思い、物凄い形相で睨んでくる、アステロペと名乗った女魔族。
その言葉を途中で制したのは、背後で倒れていた筈の魔王様だった。
ふと、その背後に視線をやると。
先程までアタシ同様に倒れていた魔王様の姿は既にその地面にはなく。
アタシがアステロペの暴挙を防ぎきれないと見るや、彼女の背後に回り込み。爪撃にごく弱い雷撃を流し込み、一時的に身体を痺れ、動けなくしたのだ。
確か……「雷針」と呼んでいた技だ。
アタシもつい先程、魔王様との戦闘中に何度か放たれたのを思い出す。
「先に言っておくぞアステロペ。この者……アズリアは我々の敵対する人間では、ない」
魔王のその言葉を聞いて、アタシは少しだけ違和感を感じた。
確かに魔族と人間は、共存出来る関係にはない。
それはつい先日に砂漠の国へ、蠍魔人率いる魔族や魔獣の大群が侵攻してきた事でも理解してもらえるだろうか。
その大侵攻を阻止し、蠍魔人を討ち取ったのがアタシだと魔王陣営に知れているなら、この女魔族にここまで憎しみをぶつけられるのも納得がいくが。
どうも魔王様と話した限りでは、アタシがここ西の魔王領に召喚されるのを事前に誰かに説明していたようには、魔王の性格を鑑みるに思えないのだ。
加えて、食人鬼や岩巨人とは違い、明確に人と同じ姿をした魔族は人間以上の知性を有していて。
先程のように感情的に人間への憎悪を抱いているなど、アタシは経験上知らない。
だからアタシは、こう推察する。
もしかしたら、この西の魔王領にはアタシの他にも人間が存在していて、しかもそれが一大勢力を築いている。
そしてその勢力と魔族とは敵対関係にあるのではないか、と。
それを確かめるのは簡単だ。
何故なら、その疑問に対する解答を持っている人物が目の前に二人もいるのだから。
尤も、これだけ敵愾心を剥き出しにしている女魔族に聞いても素直に答えてくれるわけがないので。
仕方なくアタシは、魔王様のアタシへの好意に縋ることにした。
「なあ……魔王サマ、聞かせてくれよ。この西の魔王領でアタシ以外の人間が、一体何をしているのかを……さぁ」




