12話 アズリアと魔王、意気投合する
開始してから僅かな時間しか経過してないが。
あまりの速度で動き回ったのと、雷撃やらを放ちまくったおかげで、すっかり地表が剥げ露出した地面に両手両足を広げたまま。
寝転んで、大笑いを続けていた二人。
「……うわっ、し、しまったなぁ……」
「何だアズリア……俺様を倒しちまったことで、今さら花嫁の座が惜しくなったか?」
「……い、いや……実はさ……」
アタシは、自分をここまで鍛錬してくれたのが大樹の精霊であること。
そして、|ουρανόςの魔術文字を入手した経緯や、アタシの師匠である大樹の精霊から「絶対に使うな」と釘を刺されていたこと。
そんな大事なことを、先程まで敵対していた筈の魔王様に、何故かペラペラと喋ってしまっていた。
「……そりゃあ。不本意だが、魔王を冠する俺様をここまで圧倒する能力なんて、人間の器にゃ大きすぎるだろうからな」
「あのさ……お願いだから、アタシがこの魔術文字を解放したことは師匠にゃ黙っておいてくれないか、ねぇ……?」
アタシのその台詞を聞いた魔王様は、目をパチクリと驚いたような顔をしてこちらを見ながら。
「おいおい……仮にも俺様は魔王だってのに。それよりも精霊のほうが怖い、なんてな……はっはっは、そりゃ勝てないわけだぜ」
と、戦闘を終え、和んだ空気が漂う。
ちょうど同じ時に。
二人が倒れた地点から遠く離れた岩場。
その岩場のひとつに身を隠しながら、かなり遠巻きに倒れている二人の様子を覗いている一つの人影があった。
「ま……魔王様……まさか、そ、そんな……」
呟く声は、女性のそれだったが。
片手には、豪勢な装飾が施された握り拳大の小瓶を握りながら……その手は震えていた。
「我が主人たるリュカオーン様を傷つけたあの人間の女…………ゆ、許せん‼︎」
距離が離れ過ぎていて、二人の会話を聞き取れるわけではないらしく。
しかもどうやらこの人影は、魔王リュカオーンを主人と仰いでいる人物らしく、主人と人間の女戦士が相討ちになった事実に歯軋りをし。
主人の仇を討たん、と腰の剣を抜いていくのだが。
何度か岩場の影から踏み出そうとしながら、一歩、二歩と二人へと近寄ろうと試みるのだが。
三歩目を踏み出すことが出来ずに、また岩の裏へと戻ってしまうのだった。
「……はぁ……はぁ……あ、あの女戦士め。こちらが飛び出そうとするたびに殺気を飛ばしてきおって……隙が無さすぎるぞ」
その人影の言っていることは本当だ。
アタシは、最初から遠くの岩場に気配がするのを感知していた。
だから、倒れて身体が動かないまでも、向こう側がこちらへ飛び出してくる瞬間に合わせて、殺気を込めて飛ばしていただけなのだが。
「……なあ。アレは……ひょっとして、魔王サマの陣営の何者か誰かかい?」
敢えて指などは差さずに、アタシは魔王様へとあの気配の正体を尋ねてみた。
ここは魔王領と呼ばれる土地だ。
どう考えてみても、魔王様の関係者だろうというのは、アタシでなくても推察出来るからだ。
それを聞かれた魔王様は目を閉じて空を見上げながら。
半ば呆れたような口調で答えてくれた。
「悪いな……確かにありゃあウチの部下だ。アズリアを花嫁に迎える説明をしてなかったからな、心配になって様子を見に来たんだろ」
「……え?じゃ、じゃあ……アタシがもし負けて、花嫁になってたとしても、魔王サマの部下たちに猛反対されてたってコトかい?」
何と、今だから知る衝撃の真実。
つまり、アタシを花嫁に迎えるというのは魔王様の思いつきであって。組織の長としての決定ではなかったという事だったのだ。
だから、返す言葉も語気が強くなってしまう。
「……し、仕方ないだろ。アズリア、お前を初めて見て嫁として欲しくなったんだから……」
そんなアタシの剣幕に押されて、思わず音量を弱めていってしまう魔王様。
うん。
後々起こったであろう面倒事を避けられた、という意味でも。アタシがここで魔王様に敗けなかったのは正しかった、と心から思う。
もし、師匠に約束を破ったことを知られてしまった時には、コレを言い訳にして許して貰うことにしよう。
精霊界での鍛錬の際に、アタシは一度だけ大樹の精霊を怒らせてしまった事があったのだが……その時の「お仕置き」は。
二度と思い出したくない恐怖として。
アタシの心の中に刻まれているからだ。




