29話 シェーラ、馬鹿貴族に絡まれる
怒鳴り声をあげ店員を萎縮させていたのは。
明らかに周りの人間とは衣服の豪華さの違う、まだ幼さ残る男子と。おそらくは護衛であろう装備の二人の大人だった。
どうやらこの貴族の少年は、巷で評判になった甘味に興味を持った様子で、店を訪れたまでは良かったが。
混雑に次ぐ混雑で目当ての甘味が購入出来るまで待てなかったのか。「貴族だから優先しろ」という無茶を言い出したのだろう。
店の人間が頭を下げて対応しているのを見て、周囲の客の反応は様々だが。皆一様に、この横柄な貴族の態度に不満を持っているのは共通していた。
不満を顔に出す者。不満を口にする者。
だが、執事らしき男二人に凄まれると目を逸らしてしまう。その様子を見た貴族の少年は、
「平民ごときが不満を口にするな! 父上に頼めばお前たち全員を不敬罪で死刑にだってボクは出来るんだからな! はっはっは!」
他の国でも増長した貴族がこういった態度を取る姿を幾度か見てきたが。
そもそも住民らの稼ぎあっての貴族だろうに、そんなことも理解出来てない人間が貴族とは。
もしこんな貴族ばかりだとしたら……案外この国も長く保たないかもしれない、とアタシは暗澹とした気分となる。
「……あれはランベルン伯爵家長男のルドガー様です」
「やけに詳しいね。え……もしかしてさっきの」
「はい。しつこく求婚してくる殿方というのは……実を言えばあのルドガー様なのです」
うん。ありゃ間違いなく駄目だ。
もしランドルが婚約認めてもアタシが許さない。
貴族の爵位というのは一般的に高い順から公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵という五つの爵位によって構成されている。
貴族が平民を見下す態度というのも中々に尊大なのは、あの馬鹿貴族の息子が悪例を示してくれているが。
貴族は自分より爵位が下の者に対する態度も平民ほどでないにしろ、尊大になることが多い。
横を見ると、シェーラの表情は明らかに緊張で強張っていた。
そう言えば以前、ランドルが男爵位を国王から授かったと聞いていたが。
聞けばあの馬鹿貴族は伯爵位らしい。
ということは、余程あの馬鹿貴族の求婚があまりに強引だったとしても。爵位の低いランドルはあの馬鹿貴族の要求を無碍に断れなかったのだろう。
シェーラへの求婚が、店の人間への態度と同じくらい酷かったのかもしれなくとも。
ともかく、シェーラがこれ以上気分を害さないよう、アタシは今日のところは評判の甘味は諦め。
場所を変えてシェーラが落ち着かせようとこの場を離れようとしたのだが。
時既に遅く。
あの馬鹿貴族があろうことか混雑する人混みの中からシェーラを見つけてしまったのだ。
「おお〜これはこれは……麗しきシェーラよ。このような場所で貴女に巡り合えるとは、これもまた運命……ああ」
「いえ、運命などでは決して。私には連れがおりますのでルドガー様のお相手はまた今度」
「いえいえ〜そのようなつれないことを申されますなシェーラ。どうですかな?これからボクの屋敷でこの菓子を──」
「謹んで遠慮させていただきますわ」
シェーラはしつこい馬鹿貴族の誘いを何度も断り、アタシの手を引いてこの場を去ろうとするが。
「平民上がりの男爵の娘ごときがルドガー様のお誘いを断ることがあってはなりませんな。さ、こちらへ」
馬鹿貴族の傍に控えていた護衛の男の手が伸び、勝手にシェーラの肩を掴むと。
無理やり馬鹿貴族が乗ってきた馬車に乗せようとする。
力を込めて肩を掴んでいるのか、シェーラの顔が苦痛に歪む。
「ぐっ……い、痛っ……は、離して……っ」
だが、まだ少女であるシェーラがいくら振り解こうとしても、護衛の男が肩を掴む手は一向に離れる気配はない。
シェーラの苦痛に顔を歪める様子を見て、護衛の男はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら。
「おやぁ? どうなされましたかな、お嬢様ぁ?」
さすがに我慢の限界だった──下衆が。
「……おい」
アタシはシェーラの肩に乗った男の手首を叩いて払い除け、護衛と馬鹿貴族、そしてシェーラの間に割り込んでいく。
言っておくが……アタシは怒っていた。
「シェーラお嬢様はご遠慮なさる、と言ったんだけどさ、聞こえなかったのかねぇ……優しくしているうちにココは退かないかい?」
「は?……何を言っているんだこの女は。何でボクが退かなきゃいけない?……言っておくがボクはランベルン伯しゃ──」
割り込んできた馬鹿貴族の聞くに耐えない口上を遮るため、アタシは途中で手を突き出して制し。
馬鹿貴族に指を差して、素直に思ったことを口にしていく。
「偉いのはアンタの父親だろ?……別にお前さんは貴族でも何でもない、父親の名前を出さなきゃ何も出来ないただの子供だ……違うかい?」
「な⁉︎ な……なんだと……こ、この女っっっ!」
自分の言葉を途中で遮られただけでなく、親の威光を借りただけだと侮辱をされ。
馬鹿貴族は小刻みに肩を震わせながら。
「おい、お前たち! この無礼な女を不敬罪で叩きのめせ! 殺したって構わないぞ! あとで父上がどうにでもしてくれる!」
アタシの言葉に憤慨し、顔を真っ赤にした馬鹿貴族の命令でアタシに襲いかかってくる護衛の男二人。
「貴族に逆らったんだ! 自分の馬鹿さ加減を呪うんだな!」
屈強な身体をした男は拳に金具を装着したから格闘戦重視。もう一方の痩せ型の男は腕を後ろに回したのを見ると短剣でも隠し持ってるのかもしれない。
だが、アタシが真っ先に狙う対象は決まっていた。
「おい、お前だよな……シェーラの肩を力任せに掴んでたのは──なぁ」
まずは屈強な体格の護衛のほうだ。
シェーラを馬鹿にしたこの男は絶対に許さない。
「はっ、よく見たらこの女……たかが四等冒険者じゃねえか。オレもエボンも元は二等冒険者だっての」
だが、この体格の良い大男は拳をゴキゴキと鳴らしながら、アタシが首から下げていた冒険者組合からの証を見て、こちらを小馬鹿にした表情を浮かべる。
「……それが、何だい?」
「頭の悪い女だな! つまりテメェには勝ち目なんかハナからねえんだよっ!」