3話 アズリア、面倒事を引き請ける
2話の改稿や説明の追加をしていたら、思いのほか長くなりすぎましたので、思い切って二つに分割しました。
「……で、気になったんだがアズリア。行き倒れた時にお前さんの得物を見させてもらったよ」
アタシは、あまり触れられたくなかった大剣の出所の話題を口にしそうなランドルに一度釘を刺すため、先程までのヘラヘラと緩んだ雰囲気から一変。
「へえ……で、何が言いたいんだい?」
「──っっ⁉︎」
対面に座る男へ、少しばかり殺気を放っていく。
すると目の前の男は途端に顔色を変え、こちらの意図を察したのか話題を変えてくれた。
「い……いや、そんな怖い顔をするなよ? そこを深くは追及しないが、ただ……あんな物騒な得物を使えるのなら、アズリアはそれなりに腕に覚えがあるんじゃないかと思っただけさ、気にしないでくれ……ははは」
よく観察すると、ランドルの額には先程までなかった汗が浮かんでいたのが見えた。
どうやら必要以上に殺気を込め、脅しを利かせすぎたようだ。
「その……実は、その事情を見込んで、お前さんに頼みたい依頼があるんだが……」
「ははッ。事情を察してくれただけじゃなく、仕事まで斡旋してくれるとは至れり尽せりじゃないか」
どうやらこのランドルという男、ただ行き倒れから助けてくれるだけの人の良い人間、というだけではなかったらしい。
それに……アタシの剣の出所についても、多分この男は、ある程度目星が付いてるんじゃないかと思う。
それを黙ってくれるということは、少なくともアタシの敵になる訳ではない、ということだ。
「それにさ、そんな言い回しをされたら一食の恩もあるし、さすがに断れないねぇ」
アタシとしても……ただ食事や寝床を提供されっぱなしよりかは、提供された物への対価を求められたほうが寧ろ助かる。
ここは素直にランドルの話を聞いてみることにした。
まあ……人殺し等のこちらがお尋ね者になる可能性の高い依頼であれば、全力で拒否させて貰うが。
「実は……俺が所持している鉱山に魔物が出た。もちろん護衛を数人手配したんだが、どうやら並の腕の護衛じゃ手が出せない強さの魔物だっだ」
「というコトは、その魔物がランドルには何だか……当然ながら、分かってるんだね?」
魔物の強さを把握出来ているのなら、その魔物の正体にも。おそらくは、おおよその見当が付いているのだと思い。
アタシがその魔物の正体に言及していくと。
「……ああ、これは俺の目測でしかない。だが……アレはほぼ間違いなく、鉱蜥蜴だった」
「へえ……鉱蜥蜴、ねぇ」
鉱蜥蜴と言えば。
鉱石を餌にする大型の蜥蜴であり。しかも体表は餌にした金属によって鱗の硬度が変化し、成長すると馬一頭と同じ程度にまで大きくなる。
決して凶暴、という性質ではないが。縄張り意識が強く自分の餌場に踏み込む対象には攻撃的だ、と記憶している。
噛む力が強く、一度その牙に喰らい付かれたなら腕や脚の一本程度は容易に噛み千切られるだろうし。長く太い尻尾から繰り出された一撃は、鉄製の盾でも防ぎきれるかどうか……という威力だ。
そういう意味からも接近戦は避けたいが、遠くから弓矢で狙い撃ちにしようにも鉱蜥蜴の鱗はとても硬く。通常に流通している弓矢程度では、鱗を貫通するどころか傷を付けることすら難しい。
「先程、冒険者らの組合に討伐を依頼してきたが……正直言って、集まるとは思ってない」
確かに、アレは通常の護衛や冒険者には荷が重い。
ランドルが懸念しているのも。鉱蜥蜴が相手と知れば、大概の連中は腰が引けると想像がついているからだ。
「──ああイイよ。その話、請けるぜ」
「え?……い、いや。アズリア、お前さん……本当にこの依頼を請けてくれるつもりなのか?」
アタシが二つ返事で、鉱蜥蜴の討伐を承諾したことに。ランドルはえらく驚いた表情を浮かべて。
今一度、本当に討伐の依頼を受けるのかを確認してくるのだが。
アタシの返事は変わらない。
「おいおい。そもそも、そのつもりでアタシに依頼の話を振ったんだろ?」
「し、しかし……相手はあの、鉱蜥蜴だぞ?」
「ああ、知ってるよ。何しろ今アンタから話を聞いたばかりだからねぇ」
実のところ、この国に入ってからはあまり剣を振るう機会もなかったので、魔物相手ならばこちらも遠慮することなく存分に戦えるというものだ。
アタシは別に、戦闘で流れる血を見る嗜好の「戦闘狂」などの類いではないが、やはり一人旅を続ける上で剣の腕が必要な以上、あまり鈍らせておくわけにもいかない。
それに、行き倒れたアタシを拾ってくれた恩人の頼みだ。
その恩人が困っているなら助けてやりたい、と純粋に思ったから依頼を二つ返事で承諾したのだ。
「ならさ、一つだけ、条件があるんだ」
「な、なんだ?」
ただ、相手が鉱蜥蜴と聞かされて。報酬も一切貰わずに生命を賭けるほど、戦闘に飢えているわけでもない。
だからアタシは、ランドルに条件を提示した。
「依頼料は無しで構わないから……倒した魔物の売値くらいは成功報酬で貰ってもイイだろ?」
「ま、魔物の素材を、か?」
ちなみに、鉱蜥蜴の皮は餌にした鉱石の特性を有しているとされ。防具など色々な素材として、一匹程度の皮でもそれなりの高値で取引される。
すぐに旅立つにも、しばらく王都に滞在するにも路銀は必要になるわけで。
ならば……自分が倒した魔物の分だけ懐を温めるくらい、恩知らずとは呼ばれないだろうとアタシは考えたのだ。
「ま、まあ……それでお前さんが構わないなら、こちらとしても助かるんだが……むぅ」
「じゃあ、その内容で決まりだねッ」
結局、鉱蜥蜴討伐のために鉱山までの道や鉱山の内部などの情報をランドルから聞いているうちにそのままランドルの個室に行く展開になってしまったのであるが。
部屋でランドルと酒を酌み交わしながら、酒に酔う彼がアタシを見ながらの一言。
「いや……行き倒れを拾い上げた時には気にもしなかったんだが。アズリア、お前さん……意外と美人だったんだな」
「……意外ってのは失礼な話だねぇ。そりゃ色街で男に愛想を振り撒いてるような美人さんとは比べようがないだろうけどさぁ」
アタシは自分で言うのも何だが、顔立ちや体型は結構整ってるほうだし豊かな肉付きだと思っている。
だが、それを台無しにしているのがまずこの肌の色だ。浅黒く日焼けしたような褐色の肌は南方の海辺の都市ならば健康的だと評価されるだろうが、この王都では悪目立ちしかしないだろう。
そして……何より身体の大きさだ。
アタシの身長はランドルやその護衛たちの誰よりも大きいのだ。背の高い女では可愛げもないと思われても仕方ない。
しかも戦闘の邪魔にならないよう短く切った癖毛がそれを駄目押ししている。
だからこそ、ランドルがアタシを「美しい」だと評価したことのほうが意外だったのだ。
その言葉が嬉しかった。ちょっとだけ。
──結局、その夜はと言うと。
酔いがまわるまで酒を飲んだアタシは、同じく酒に酔ったランドルにこちらの出自を質問されながらも、のらりくらりとかわし続けながら夜は更けていく。
その後、男と女が酒を酌み交わし、同じ部屋で一晩を過ごしたららどうなるか。
……それは想像にお任せするとしよう。
この夜に何が起きたのかは誤魔化してありますが。
一応、世界観について補足しておきますと。
この世界は、上位の貴族や王族を除くと一般的には一夫一妻制ではありますが。
性に関しては、現代社会よりもかなり大らかであり公衆の大浴場では男女の区切りがなく、平気で裸を見せ合ったりしていたり。
既婚の男性が酒場や色街などで娼婦と一晩過ごす、というのもごく普通に見られる光景だったりします。
そして、アズリア当人も決してそういった肉体経験がないわけではなく。寧ろ気軽にそういった誘いに乗る性格だと言っておきます。