10話 アズリア、雷神を従える
今のアタシには、魔王様の一撃を意識が飛ぶまで防御に使った赤檮の守護の魔術文字はもう、ない。
そんなアタシの目の前で突如、三体に分離した魔王様の、クロイツ鋼と渡り合う程の爪撃が直線的にではなく、文字通り四方八方からこちらの身体を斬り裂こうと襲い来る。
「力だけじゃねえ!速度まで俺様と互角かよ……だがなあ!これで一対三だ!アズリアっ、お前に勝ち目はねえっっ‼︎」
確かに速度が互角ならば、多勢に無勢といった状況なのだろう。
だが、アタシの右眼には────「視える」
正面から馬鹿正直に両手の爪撃を放つ一体目も。
その攻撃を囮にして背後に回り込み、爪を揃えて槍のように腕を突き出してくる渾身の一撃を狙う二体目も。
そして。
アタシの頭上高くへと飛び上がり、魔力を片手に集中して放とうとする、地上の二体を捨て駒にした、三体目の本命の攻撃ですら。
「はッ、勝ち目がないかどうかは……」
真正面から向かってくる魔王様が振り上げる両腕が交差する箇所を見切り、構えた大剣をそこへと勢いよく振り下ろし。
十本の爪と振り下ろした大剣が衝突して、大剣が弾き返されたが。こちらも魔王様の両手の爪を数本叩き折る。
「ぐおっ……双爪撃を防いだか!だが、そいつは想定済みだ!」
そんなアタシの背中を貫こうと、鋭い爪での刺突が背後にいたもう一人の魔王様から放たれるが。
両腕からの攻撃を防いだ大剣を、衝突時に生まれた反動を遠心力へと変え、素早く真横へと振り抜きそのまま身体を回転させて。
魔王様の伸ばした右腕を大剣で撃ち落とす。
「⁉︎……弾かれた勢いでこいつにも反応するだとぉ……凄え、凄えよアズリア……っ」
驚くのはこちらのほうだ。
何しろ、アタシが振り抜いた横薙ぎの大剣の一撃は、受けた魔王様の右腕半ばに刃を食い込ませたにすぎなかった。
腕を斬り落とす勢いだったのにかかわらず、だ。
だが、魔王様のこの余裕の態度は、最後上空にいる三体目の準備が整ったからなのだと、アタシは知っている。
「だが……なぁっ!」
上空に位置する三体目の魔王が、一体目がアタシに二本の腕で爪撃を繰り出す前から練り上げていた膨大な魔力を解放していく。
「花嫁に貰うとか今は関係ねえ!……これが俺様とお前の戦いである以上、強いのは俺様なんだと証明してやるぜっっ‼︎」
雷の魔力を全身に纏い、まるで天空から放たれる一閃の雷霆を思わせる速度で一直線に真下にいるアタシへと急降下してくる魔王様。
「喰らいやがれえっっ!────雷獣衝おおお‼︎」
来る事を知らなければ為す術もなくあの攻撃を喰らい、多分アタシの全身は雷撃で焼かれていただろう。
だが、最初からこの三体目の攻撃こそが本命だと視えていたアタシは。
「……さあ、アタシの身体を奪おうとしたアンタの本当の能力、見せてもらうよ」
今、右眼に宿っているのは長い間慣れ親しんできた筋力増強の魔術文字ではなく。
九天の主、ουρανόςの魔術文字なのだろう。
以前にホルサ村で発動した際には確か……効果を発揮していた際にずっとアタシの魔力を吸い上げ、喰らい尽くす勢いだったのを憶えていた。
戦闘になって魔術文字を発動させているが、今はさすがに急激に魔力を消耗している様子はなかったが。
念には念を入れて、あまり右眼の魔力を解放せずに制御可能な最低限の魔力を全身に巡らせていたのだが。
魔王と呼ばれる存在の、本気になった攻撃だ。
アタシも出し惜しみなどしていられない。
右眼から迸る雷属性を帯びた魔力を出来る限り解放し、筋力増強の魔術文字の効果と同じ要領で全身へと巡らせていくと、アタシの外見は明確な変貌を遂げる。
その雷を帯びた魔力で髪の毛が逆立ち、まるでアタシを覆う鎧の形状へと可視化していたのだ。
「……人の子よ、まだ我は貴様を真の主だと認めたわけではないぞ。だが……今は雷神と呼ばれし我が能力、貸し与えてやろうぞ……────」
頭に直接聴こえてくる、黒い影と同じ声。
多少の負け惜しみが含まれているのは、まだアタシの身体を支配することを諦めきれていないのだ。
「……はっ、アタシが持ち主に相応しくなけりゃいつでも身体を奪いに来なよ、九天の主」
だから、アタシは右眼で効果を発揮している魔術文字に言い聞かせるように、敢えて文字の主への挑発の言葉を声に出していく。
ともかく……これが、解放された九天の主の魔力。
ふと、アタシは一つの単語を頭に浮かべていた。
それは以前、砂漠の国にある火の部族に滞在していた時に、偶然耳にした伝承で。黒雲に乗ってメルーナ砂漠に雨と雷を降らす雷の女神の名前。
思わず、口からその雷神の名を漏らしていた。
「────……閃雷の乙女」
それが、雷を纏うアタシの名前だ。




