9話 アズリアと魔王、雷速の戦闘
その台詞を口にし、立ち上がったその途端に、アタシの右眼が急激に熱くなっていくのを感じた。
生まれた時から眼球に宿っている筋力増強が発動する魔力の感じではない、意識が混濁していた最中に対峙していた、あの魔力が右眼から溢れ出していたのだ。
「な……何が、起きてるんだ、アタシの身体は?」
よく見ると、アタシの身体の表面からパリパリと火花が散り、雷属性の魔力……それもかなりの濃度の魔力が全身に満ち満ちているのがわかる。
敢えて喩えるとするなら、この感じは氷の精霊や師匠と行った「精霊憑依」に酷似していたが。
あの時は二度とも、右眼ではなく左眼に精霊の魔力が宿っていたという違いはあった。
だが、今重要なのはそこではなかった。
右眼から身体に巡る魔力がそもそも雷属性を帯びているということもあり、手足の先は雷撃を喰らった時のように少し痺れている感触は拭えないが。
それ以上に、身体を動かしてみた時の違和感。
今までの自分の四肢が、まるでクロイツ鋼で出来た錘で拘束されていたのではないかと勘違いする程に、身体が軽いのだ。
動かす手足、そして指の動きも軽い、速い。
「す、凄え……コレが、九天の主を従えたってコトなのか……これならッ」
アタシは歩み寄って来る魔王様へと向き直ると、こちらもゆっくりと歩を進めていき。
互いに手を出すことなく、手を伸ばせば互いに相手の顔に拳を叩き込める、胸か当たる程の至近距離にまで接近を許し。
アタシは魔王様を見据えて。
待ち構えていた魔王様は不敵にアタシに向けて笑みを浮かべながら。
「ほお、まだ奥の手を隠してたとはな、アズリア。てっきりあれで決着したかと思って正直、拍子抜けだったからな」
まだ全然余裕を残す魔王様を睨み返しすアタシ。
「すんなりと花嫁になってやれなくて悪いね、魔王サマ。それじゃ……決戦、第二幕といこうじゃないか」
アタシと魔王様は、互いに先手を取るために、ほぼ同時に一気に魔力を解放する。
「────吼えろ天っ!雷獣戦態うぅぅぅ‼︎」
空から降り注ぐ一閃の雷撃が魔王の身体を貫いたかと思うと、手足に自らが浴びた雷をまるで籠手や脚冑のように纏っていく。
「我、九天による願う……我こそは天空と雷霆を支配する者。人間ひとが住まうかの地に雷の加護を使わしたるモノ────その名をουρανόςッッ!」
意識の中で屈服させた筈の九天の主の魔術文字を発動させる力ある言葉を口から紡ぐアタシ。
そのまま、相棒たる背中の大剣へと手を伸ばす。
周囲の空気が、雷属性の魔力が突如一定の空間内に満ちたことで爆発に似た破裂音が鳴り響き。地表の砂埃が一気に巻き上げられ、視界が一時的に失われる。
────だが。
「────な、何だとぉ……」
砂埃が晴れていくと。右眼の魔力を発動させて突撃したアタシの大剣の一撃が、魔王様の胸板を斜めに斬り割いていたのだ。
もちろん魔王も、皮一枚斬らせた程度で致命傷となるのは避けていたが。
「……あ、命中った……初めて魔王サマに攻撃を当てられた……うん。視える、視えるよッッ!」
喝を入れるために顔面に拳を叩き込んだ以外に、まともな戦闘になって初めて魔王様の姿を捉え、有効な攻撃を命中させることが出来た事に。
アタシは顔を綻ばせて喜びを露わにしたが。
それ以上に驚愕の表情を浮かべていたのが。
斜めに斬り裂かれた胸板を押さえながら、流れる赤い血を地面に垂らしながらも。
体勢を立て直すために背後へ飛び退いた魔王様だった。
「……あ、あり得ねぇ、嘘だろ……獣人族の俺様の、しかも雷獣戦態まで使った俺様の速度の上をいく、だと……」
だが、アタシは休ませる気はさらさら無い。
こちらは挑戦者なのだ。
いつもと同じく地面を蹴り上げ、一度離された間合いを詰めて、怯んだ魔王様目掛けて剣撃を放っていく。
さすがにその大剣の一撃は、魔王様の繰り出す爪撃で弾かれ、相殺されていくが。アタシは弾かれた反動を身体を捻って遠心力に変え、諦めることなく幾度も大剣の攻撃を繰り出していった。
アタシは巨大な武器なのに対して、魔王様は爪による近接戦闘。
当然ながら、アタシが一撃を放つ間に魔王様も雷撃を帯びた爪による攻撃を二、三発こちらへと放ってくるのだが。
その攻撃の軌道がアタシには視える。
そして身体の動きが付いてくる、躱せるのだ。
通常の状態とは明らかに違いすぎる速度と速度のぶつかり合いに、アタシは徐々に頭の回転が適応出来るようになってきた。
それに比べて、互いに雷属性の魔力を帯びた尋常でない速度での戦闘に、魔王様のほうが対応しきれていないのだ。
互いの戦闘速度に戸惑っているようにも見えるし。
思いもよらぬアタシの善戦に、苛ついているようにも感じた。
そして、業を煮やした魔王様が。
「だが!いくら速度が上がったとしても、俺様のこの奥義は無敵だ!────爆ぜろ、三重閃影いいい‼︎」
アタシの眼前で再び三体に分裂したのだ。
残像ではない、実体を有した三体の魔王へと。
「雷獣戦態・三重閃影」
雷獣戦態による神経速度や身体能力上昇の効果を限界以上まで酷使することで、残像ではなく実際に影響を及ぼすことが出来る「分身体」を作成し、合計三体での同時行動を可能とするこの形態での奥義とも呼べる。
ちなみに二体分身する「二重閃影」も使用出来る。
なお、この奥義は神経や肉体に多大な消耗を強いるためにあまり長い時間、分身を作成すると反動によるダメージが酷い事になる上。分身時にそれぞれが被った損傷は全て累積されていく。
そういう意味では「攻撃力を三倍にし、防御力を三分の一にする」諸刃の剣的な奥義とも言える。




