6話 アズリア、絶望的な賭けに出る
「あ……あり得ないよ……アレ、全部が本物?」
何をしたのかは全くの不明だ。
だが、目の前で三体に分裂した魔王様を見たアタシの口から、思わず言葉が溢れる。
無理もなかった。
つい先程のように、色濃い殺意や魔力を瞬間的に放つことで戦っている相手へ残像を見せることは可能である。だが、これだけ距離を離した相手へ、しかも複数体の残像を視せるなんて聞いたこともないからだ。
だが、アタシはすぐに動揺した心に深呼吸をして、冷静さを取り戻させる。
────そうだ。落ち着くんだ、アタシ。
想像を絶する速度によって生まれた残像による、こちらの回避や防御する隙を与えない連続攻撃は確かに凄い。
凄いのだが、アタシが先程発動させた赤檮の守護の魔術文字で、魔王様の攻撃は事実上は無効にしたと言っていい。
だから何体に分身したとしても、放たれる攻撃の威力が上がったわけでない以上、動揺する必要はない。
残る問題はどう攻撃を凌ぐか、ではない。
あの魔王にどう攻撃を命中させるか、なのだ。
だからアタシは、一つ策を巡らせる。
その策とは、赤檮の守護の防御能力を頼りに、アタシはどっしりと待ち構え。
速度に任せた魔王様の一撃がアタシの身体に触れ、命中した……その瞬間。
動きが止まったその一瞬を狙い撃ちにする。
いくら速度に優っても、相手は素手。対してこちらは長い得物の分、攻撃距離は有利な筈だ。
アタシは、三方向から別々に向かってくる魔王様へ、脚を止めて腰を落とし。魔術文字で張った防御壁に攻撃が触れたと同時に攻撃を放てるよう、大剣を右肩へと乗せた構えを取り集中していく。
「……来いよ。次こそは魔王サマ、アンタの身体をこの剣で捉えてやるよ……ッ」
そう。アタシはこの時、魔王の攻撃が防御を突破してくる事態を考えていなかったのだった。
────だから。
アタシは、今自分の腹部に感じるやたらと熱い感触と、地面を踏み締めていた足が宙に浮き。身体が背後に吹き飛ばされていることを頭が受け入れられずにいた。
喉から込み上げてきたモノが、血だと気付いたのはそれを吐き出した後だった。
「が……ッ⁉︎……な、何が……起きたんだよッ?」
遅れて全身に巡る腹部の激痛。
攻撃を受けた、ということは。赤檮の守護の魔術文字での防御壁は突破されたことになるが……一体、どうやって。
アタシが今、一番怖いのは。何が起きたのか全く理解出来ていないということ
だ。
攻撃の衝撃で吹き飛ぶ身体の制御を取り戻し、再び足の裏で地面を踏み締め、筋力増強で増加させた脚力で身体を支え。
背後へひっくり返りそうになる体勢を無理矢理踏ん張り、転倒するのを回避するアタシ。
「……もう一発だ。来いよ、魔王サマぁぁぁ……」
もう一度攻撃を喰らうのは受ける損傷を考えると避けたいのだが、まずは何が起きたのかを把握することだ。
相手が何をしているのかを知らずに、実力差のある戦闘を継続するのは難しいからだ。
だから今度は攻撃を当てるためではない。
何が起きたのか、魔王の動きを見極めてやるためにアタシは全身の筋力を増大させるために巡らせていた右眼の魔力を、初めて右眼そのものに集中する。
「……見る────いや、視てみせるッッ!」
すると。
今までその動きを視界で捉える事が出来なかった魔王様が動く姿を初めて見ることが出来た。
もちろん、本来なら筋力を増強する効果を完全に遮断しているのだ。回避する脚力もなければ、大剣を扱えはしても決定打を与える腕力も、今のアタシは持ち合わせてはいなかった。
「ほう。防御だけでなく、攻撃すら捨てて俺様の秘技を見極めようとしたのか。その覚悟は見事だ、褒めてやるぜアズリアっ」
見る事だけに集中した、そんなアタシの右眼に映るのは、凄まじい速度で空間を自在に動き回る三体の魔王の姿だ。
その三体は残像などではなく、まるでその一体一体が全く別の存在のように意思を持って動いていたのだ。
「……ならばその覚悟に免じて、とくと受け取れよアズリアっっ────三重雷殺撃‼︎」
その言葉と同時に、三体の魔王様が防御することを諦めたアタシの胸板目掛けて、違う三方向から凄まじい速度の拳を解き放つ。
それも、同時にではない。
微妙に攻撃が触れる瞬間をズラしての三連続攻撃。最初の一撃目こそ赤檮の守護の魔術文字で張り巡らせた防御結界で防げていたが。
間髪入れず叩き込まれり二撃目で結界が破壊され、最後の三撃目が既に破壊された結界を素通りしてアタシの身体に届いた、という理屈だったのだ。
胸板を守るクロイツ鋼製の胸甲鎧に突き刺さる爪撃。
……これは、最初の?
だとすれば、防御を捨てた今のアタシにはどうしようもな────……
「遅いぜアズリア────雷針」
金属鎧を貫いた爪に雷撃が宿り、バチバチ!とその右腕から紫色の放電が走ると。
次の瞬間、アタシの身体の全身に灼けるような衝撃が巡り、視界が真っ白に変わる。そして、身体の自由が手足の先から奪われていくのを感じていたのだった。
そしてアタシは、顔に何かゴツゴツとした固いモノが触れる感覚とともに……真っ白に染まった視界が黒く塗り潰されていくのを感じた。




