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4話 アズリア、魔王の本気を知る

 ともあれ、これでよかったのだ。

 魔王を怒らせる、と言えばどれだけ生命知らずな真似をしたか、後から冷静に考えたら無謀なことをしてのけたと思うが。

 これでようやく同じ舞台に立てたというものだ。アタシは大きく深呼吸を一度して、頭に昇った怒りを鎮め大剣を拾いあげる。


「それじゃ、仕切り直しだよ魔王サマ────?」


 その一瞬だった。

 アタシでさえ一呼吸では踏み込めない間合いを取っていた筈だったにもかかわらず、魔王様(リュカオーン)の拳が頰に食い込んでいたのだ。

 

「な────⁉︎」

「とりあえず一発だ。魔王である俺様の顔を殴った報復はさせてもらったぜ」


 不意の一撃に、殴られた方向に二、三歩ほど吹き飛ばされはするが、何とか踏ん張り転倒だけは避ける。


 声はすれど、その方向には既にその姿はなく。

 顔を殴ったはずの魔王様(リュカオーン)の姿をアタシの眼は捉えることが出来ていなかった。


「な、何なんだい一体、獣人族(ビースト)の魔王ともなると、ここまで速度が桁違いなのかい……参ったねぇこりゃ」


 殴られた衝撃で口の中が切れ、溜まった血を地面に吐き出しながら。揺れる頭を自ら振って、何とか意識を元に戻そうとしながら。 

 その信じられない速度の根源を考えていたのだ。


 アタシも7年もの間に魔術文字(ルーン)を探索するという目的で大陸を旅して、色々な魔獣や魔術師らと戦い、様々な風属性や雷属性の能力強化魔法(ブーストエンチャント)による速度上昇や、特殊な能力で視界を困惑させる戦法を目の当たりにしてきたし。

 魔法の研究のために多くの文献から知識を得たが。


 目にも止まらない……いや、目に映らない速度。

 ここまで身体速度の凄まじい相手と対峙した記憶など、アタシの中にはなかった。


 だが目に映らなくとも、背後から放たれる殺気までは隠しきれていない。


「でもねぇ、いくら速度が上がっても殺気が見え見えなんだね……そこだよッ!」


 接近してくる殺意に合わせて大振りになる横薙ぎではなく、敢えて最短距離での刺突を繰り出し、速度に勝る魔王様(リュカオーン)を捉えようと試みる。

 そして、アタシが真っ直ぐに放った大剣は、素早い動きに油断した魔王の胸板を貫いた……はずだった。

 だが、剣が貫通した魔王の姿が消えていく。


「残念だがな。そいつは殺気で紡いだ残像だ」

「なっ?……し、しまったッ⁉︎」

「本気で来い、と俺様を挑発した事を呪うんだなアズリア────雷針(らいじん)


 今度は刺突を放った体勢の真横から聞こえる声。

 アタシの意識と視線だけが動かない身体より先に反応すると、すっかり無防備になった腹へ魔王様(リュカオーン)が、短剣(ダガー)のように鋭く伸ばした爪を食い込ませようとするのが見えた。


 幸いにもアタシの腹はクロイツ製の鎧で防護さ(まもら)れている。

 とはいえ頭の中で警告する声が響くのだ。何度も。


 あれ(・・)を喰らうのは危険だ、と。

 

 だからアタシは頭に響く警告を信じて。

まだ動かない身体に何度も鞭打ちながら、腹に突き立てられようとする魔王様(リュカオーン)の爪撃を何とか身体を無理矢理によじって、放たれた爪の一撃をギリギリで躱す。


 ────バキイィィィイン‼︎


 どうやら回避出来たのは本当にギリギリのところだったようだ。

 腹を護っていた強度自慢のクロイツ製の鎧が、爪撃が掠めたのだろう……まるで薄氷のように砕けてしまったのだ。

 あのまま警告を聞かず、あの一撃を喰らっていたら、下手したら腹に穴が空き致命傷を受けていたかもしれなかった。


「ふぅ……とんでもない威力だねぇ、その爪撃(ツメ)は。一撃でも喰らったら終わりかもしれない、とはねぇ」

「おいおい。本気で戦えって言っておきながらいきなり戦意喪失かぁ?……それは少し興醒めだぞアズリア」

「ああ、わかってるよ。挑発した以上はこんなモンで終わるわけにゃいかないよなぁ?」


 ようやく魔王様(リュカオーン)の尋常ではない速度にも眼と身体が慣れてきたようで。

 連続して繰り出される爪撃を鎧や肌を掠めはするものの何とか躱しながら、アタシと魔王様(リュカオーン)は言葉を交わしながら。

 

 アタシはこの強敵すぎる相手に対峙するために、どのような戦法を取るのが正しいのかを幾通りも思案していた。


 ────どうする?

 どの魔術文字(ルーン)を使えば活路を見出せる?


 昔のアタシならば、右眼に宿し血文字を描く必要性のない、筋力増強(ウニョー)魔術文字(ルーン)一択しか選択肢がなかったわけだが。

 先のホルハイムでの遺跡探索の折に、アタシはこれまでの研究と研鑽の成果により「二重発動(デュアルルーン)」という、2種の魔術文字(ルーン)を同時に発動、効果を発揮することが出来るようになり。

 これによって、これまでよりも格段に幅のある戦術を選択することが可能になったのだ。


 それでも、獣人族(ビースト)である魔王様(リュカオーン)の身体速度に迫るためには、右眼の魔術文字(ルーン)を維持する必要が今はあるだろう。

 問題は、もう一つの魔術文字(ルーン)をどうするか、その選択肢だ。


 ……ここでアタシの頭に、とある作戦を閃く。


 だが、頭に浮かんだその魔術文字(ルーン)がどれ程までにこの戦闘において効果を発揮出来るか、何よりもその魔術文字(ルーン)はまだアタシが使った回数が少な過ぎるのだ。

 本当に大丈夫なのか、不安が()ぎるのだが。


「通用するかどうかは、大きな賭けだけど……元々この勝負自体が魔王サマに挑む大きな賭けなんだし、ね」


 首を数回横に振り、その不安を吹き飛ばし。

 アタシは指から滲んだ血で、鎧が砕けてすっかり剥き出しになった腹部に、これまた遺跡探索で入手した「yr(ユル)」の魔術文字(ルーン)を描いていき。

 力ある言葉(ワード)を唱えていった。


「我は赤檮(イチイ)に誓う。全てを護る盾よ────yr(ユル)

 

雷針(らいじん)

爪の先からごく小規模の雷属性の魔力を送り込むことにより、対象の運動神経を軽く麻痺させる効果を与える獣人族(ビースト)特有の爪撃格闘術。


獣人族(ビースト)は人間以上の魔力を有してはいるのだが、魔法を発動させる技術や特性において人間より劣っているため。

その魔力を有効に活用するため開発されたのが爪や牙を使い体内の魔力を直接伝達させる格闘術である。

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