2話 アズリア、求婚の返事をする
こちらへと右の手を伸ばし求婚してくる魔王に、アタシは差し伸べた手を凝視しながら。笑顔を見せる魔王に目線を合わせずに、以前に遭った時に聞けなかった疑問をぶつけてみた。
「なあ魔王サマ。何故、アタシなんだ?」
「……簡単な答えだ。勝手に暴走したコピオスの前に立ち塞がって、奴の胸板にその大剣を突き立てたお前の姿に惚れた。それ以上でも、それ以外の理由もねぇよ」
「……そうかい。それが聞けてよかったよ」
アタシは顔を伏せたまま、目の前に伸ばされたままの魔王様の右手を握り締めていく。
「おっ、あの時は拒絶されたが、まさかすんなりと求婚を受けてくれるとは思わなかったぞっアズリア!……それでは早速祝宴の準備を────」
アタシが握手で返答した事で求婚を承諾されたと認識した魔王、その声はすっかり緩みきっていたが。
アタシは、右眼に宿る筋力増強の魔術文字に魔力を注ぎ込み、変換された膂力をそのまま魔王の手を握る右手に集中していき。
初めて顔を上げ、魔王様の顔を覗き込むと。
「……お、おい……アズリアよ、お前……快く俺様の花嫁になるんじゃ……」
「……どうしたね、魔王サマよぉ。腑抜けたさっきまでの顔とは打って変わって、いい顔になったじゃないか」
彼の顔からは先程までの軽薄そうな笑顔は消え、求婚を受けた筈の花嫁が抵抗したということと、全力で右手を握り返された痛みによる二重の驚きの表情を浮かべていた。
魔術文字で増した筋力で握り返していく魔王様の右手からは、ミシミシと軋む音が聞こえてくる。
当然だ、アタシは筋力増強の効果を全力で発動させ、この指や手を握り潰すつもりで力を込めているのだから。
「……はっ、面白れぇ、面白れぇぞアズリアぁ……やっぱ一筋縄じゃいかねえと思ってたが、まさかこんなテに出てくるとはなぁ……ぐぅっ」
慌てて魔王様も右手に力を込め握り返す。
右手同士を握り合いながら、アタシも魔王様も互いに目線を合わせて薄ら笑顔を見せながら睨み合い。
魔王様はアタシの握手に耐えるため。
アタシは魔王の手を離させるために、互いの手を全力で握り返していく。
「なあアズリアよ、何故そこまで俺様の求婚を拒む?」
「アタシにはさぁ……先客がいるんだよ」
「先客、それはもう、結婚相手が決まってるって話か?」
アタシは魔王様のその問いに、首を横に数回振って否定していく。
頭に浮かべたのはアタシを「待つ」と言ってくれたハティの顔。だが、あいつは砂漠の国の有力な集落の族長候補だ。
アタシにも世界を旅して回る目的がある以上、アタシが一つの場所に縛られる事も。ハティが旅に同伴する事も叶わぬ夢なのだから。
「……はっ!それなら遠慮はしねぇ。俺様は魔王らしく、公言したように力づくでお前を花嫁にさせてもらうだけだぜ……ぐぅぅ」
「……ふん、やれるモンならやってみなよ魔王サマ。アタシは黙って拐われてやるほど大人しくはないけどねぇ……ッッ」
アタシと魔王様、互いに右手に込める力を徐々に強めていくと、握り締めている互いの指や手の平、甲や手首から悲鳴が上がる。
よく見ると目の前の魔王様の髪の毛はピンと逆立ち、身体から漏れ出した魔力が右腕へと集中していた。
「そろそろ……手を離したらどうだアズリア」
「……そっちこそ我慢すると右手が使い物にならなくなるよ」
そんなアタシも、先程から魔力を全開で解放し続けていた右眼はすっかり熱を帯びていた。魔王様が握り返してきたその握力で右手に激痛が走る。
だが、この握手により力比べを仕掛けたのはアタシなのだ、だからこちら側が先に手を離すわけにはいかない。
負けたくない一心で、さらに右手に魔力を巡らせていく。
すると。
向こう側から込められていた力が不意に緩んだかと思うと、魔王様がアタシの右手を離して、後ろに飛び退いたのだ。
離した右手を開いたり閉じたり、手を振ったりしながらアタシへと向き直ると。
「……アズリアぁ、俺様の求婚への答え、確かに受け取ったぜ。だがな……そこまでして断られると、逆に燃えてきたぜえ」
そう言い放った魔王様は、一呼吸置くと腰を落とし腕を構えて、明らかにアタシへの敵意と殺意を剥き出しにしてきたのだ。
今までの軽薄そうな声とは違う、まるで別人かのような低い声で。
「力づくで、と言ったろう……遊びはここまでだ。今のうちに言っておくぞ、もし勢い余って殺してしまった時は……許せよ?」
魔王の眼が物語っている、きっとアタシを動けなくなるまで撃ち倒してから、そのまま連れ帰るつもりなのだと。
それは、文字通りの実力行使。
さすがは魔王らしい花嫁の確保の方法だ。感じる殺気と魔力の量が尋常ではない。
だが、アタシにも待ってくれている人がいる。たとえ一緒になる事が叶わぬ夢だとしても、だからと言って望まぬ相手に無理やり連れ去られるなんて、アタシが許せない。
だから……アタシは最後まで抗ってみせる。魔王という存在が、どれ程強力に立ち塞がったとしても。
「……なあ。アンタはアタシを守ってくれるかい?」
アタシは左手の指に嵌めていた、ハティから贈られた指輪の柘榴石を唇に押し付けながら、ポツリと誰にも聞こえないくらいの小声を漏らし。
背中の大剣を握り、殺気を容赦無しに放ってくる目の前の魔王リュカオーンへと構えるのだった。
少し恋愛要素を絡めた冒頭でしたが、次話から魔王リュカオーンとの戦闘パートとなります。
少し長めになると思いますので、戦闘パートが苦手だったり好みでない方はごめんなさい。




