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6話 シェーラ、初めての魔法

 森の中からのそりとした足取りで出てきた豚鬼(オーク)は、どうやら私たちを見つけたようで、足を早めてこちらへと真っ直ぐに向かってきます。

 しかもこの豚鬼(オーク)、昼間に見た個体よりも一回り身体が大きく見えるのは、私の気の所為(せい)でしょうか。


「ディーンっ、ここは私が時間を稼ぎますからっ!……あなたは急いでカイトさん達のところへ!」


 そう私はディーンに指示を出します。確かに、最初彼と遭遇した時、二体の豚鬼(オーク)相手に何とか立ち回ってはいましたが。あくまで「何とか(しの)いでいた」だけでした。

 ならば、ここは私が受け持つべきだと判断したのです。


「う、うんっ。わかった、でも無茶は駄目だよ」

「わかってます。でも、私は貴族令嬢で、カイトさん達は5等冒険者(フィフス)。なら、ここは等級が上の私が時間稼ぎをするのが妥当な判断ではないでしょうか?」


 最初は迷った顔をしていたディーンも、私が彼に微笑みかけながら口にした言葉を聞くと、すぐに真顔に戻り頷いてくれました。


 この王国(シルバニア)にある「貴族としての矜持(ノブレス・オブルージュ)」という考え方。

 私たち貴族という地位にいる人間は、その地位の高さに甘んじる事なく平民の先頭に立ち、率先していかなる脅威にも立ち向かわなければならないという、誇り高い決意を持ち合わせていなければなりません。

 そうでなければ……貴族という地位は容易に人間の心を醜悪極まりないモノへと変貌させてしまうから。それを私はあのランベルン伯爵子息との事件だけでなく、お父様の横で幾度も見てきました。


 すると彼の手から、自分が握っていた聖銀(ミスリル)製の剣を手渡されました。


「これ、今はシェーラが使ってくれないかな?僕が使うよりは役に立ちそうだから。代わりに僕は君の剣を使わせてもらうよ」

「え?は、はい……あ、ありがとうございます。借りた剣ですもの、大事に使わせていただきます!」


 何故この緊迫した時に呑気なことを、とは思いましたが。もしかしたらディーンは彼なりに、私が今これからやろうとしている事を推察したのではないか、そう思い。

 私は自分の剣をディーンに手渡し、差し出された聖銀(ミスリル)の剣を借り受けたのです。


 そして後方にある天幕(テント)へ走っていくディーンを確認すると、前から来る豚鬼(オーク)へと剣を構えて臨戦体制を整えることにします。

 

 ────落ち着きなさい、シェーラ。

 昼間の戦いの時は、冒険者として初めて魔物と遭遇したことで頭が舞い上がってしまい、リアナさんやクレストさんの足を引っ張ってしまいました。

 だけど、魔法学院で学んだ事を実践すれば。


「纏え力を、解き放て────筋力上昇(マイトアップ)


 身体に巡る魔力を感じると、剣を握る力が増していくのが実感出来ます。

 魔法学院では、自分の能力を上昇させる初級魔法(スタンダード)を教えて貰うことが出来ました。派手な見た目の攻撃魔法とは違い、地味な効果のこの魔法は学院の生徒の皆さんはあまり習得に躍起になっていないようでしたが。

 

 まだ豚鬼(オーク)を迎え撃つには距離に余裕があります。私は続けて二つ目の初級魔法(スタンダード)を解き放ちます。


「駆けろ、雷霆の如く────敏捷上昇(アジリティアップ)


 今度は足に巡る魔力。

 この二種類の身体強化魔法(ブーストエンチャント)を発動させた状態でなら、私は騎士見習いの方とでも互角に戦うことが出来ます。

 戦闘のための準備を完了した私は、これ以上の接近を許さないように、剣を構えて豚鬼(オーク)へと斬り掛かっていきます。

 

「ブヒイィィィィィ!────ブモゥ⁉︎」


 リアナさんの戦い方のように、速度で翻弄しながら、隙を少なくするために小さく剣を振り、確実に傷を与えていきます。

 今は何とか焚き火の灯りで周囲を確認出来ていますが、豚鬼(オーク)の足を止めるためにまずは下半身を集中的に攻撃します。

 2種の身体強化魔法(ブースト・エンチャント)の効果で、最初の豚鬼(オーク)との戦闘に比べ。


「身体が、剣を振るう腕が、足も、軽いです!」


 もちろんそれは、ディーンから貸し与えられた聖銀(ミスリル)製の剣の効果というのも影響しているのだと思います。

 何故なら、とにかくこの剣は「軽い」のです。

 その癖に斬れ味は私の持っていた剣を遥かに凌駕していました。さすがは聖銀(ミスリル)、希少なだけの能力を遺憾無く発揮してくれます。


 脚を幾度も斬り付けられ、すっかり脚が止まった豚鬼(オーク)は、その場に片膝を突いてしまいましたが。

 ここで油断して大技を振るえば、昼間と同じ間違いを繰り返すことになります。私は一度豚鬼(オーク)から距離を取ると。

 口から紡ぐのは、私も初めて使う氷魔法の詠唱。


「災厄の息吹、其は全てを凍てつかせる蒼き風──」


 いや、正確には二度目だが。

 私が8歳の頃、お父様の書庫で偶然見つけた魔法書を読んでこの魔法を試した際に暴走させ、部屋を丸々凍らせてしまいました。

 その後、お母様との約束で今まで封印していた中級魔法(エキスパート)ですが……あれから4年。

 今の私なら、間違いなく使いこなせるはず。

 

「世界を白で埋め尽くせ────凍漣の嵐(ニーチェリアストーム)っ!」


 魔力を集中させた私の手から術式が開放され。

 白い煌めきが膝を突いた豚鬼(オーク)を包み込んでいき、魔物の(わめ)き声が辺りに響き渡ります。

 いえ、多分それは、豚鬼(オーク)の断末魔なのだと。


「ブゴオオオオオッ!ブ……ブヒイィィィィィ……」


 やがて豚鬼(オーク)の叫き声が聞こえなくなった頃に、今度は私の名前を呼ぶ声が聞こえてきたのです。

 その声の主がディーンとカイトさんだとわかった途端に、私は身体中の力が抜けて、その場に両膝を突いてから、ぺたんと地面に座り込んでしまいました。


凍漣の嵐(ニーチェリアストーム)

対象となった空間に結界を作成し、その結界内の温度を極低温にまで低下させて、空間内の物質を凍結させる効果を発揮する氷魔法。

空間の温度を低下させる効果と、空間を封鎖する結界を一定時間維持する魔力容量と魔力操作が求められる、難易度の高い氷魔法の中でも習得の難しい魔法でもある。


本編ではシェーラはこの魔法を中級魔法(エキスパート)と勘違いしていたが、この魔法は上級魔法(エンシェント)に分類される。

シェーラが暴走したのは、まだ能力が未熟で結界の生成が不十分だったために、空間内の極低温が漏れ出し周囲まで凍結させてしまったのが原因。

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