5話 シェーラ、初めての見張り
カイトさんら四人は天幕に入り、すっかり寝てしまったようです。
私とディーンは、焚き火を挟んだ位置で腰掛けながら、火を絶やさないようにあらかじめクレストさんが用意してくれた薪木を投入していたのですが。
「あの……助けてもらっておいてこんな事言うのはどうかと思いますが、何故ずっと僕を睨んでいるんですか?」
と。
まさかの向こう側から声を掛けられ、しかも私の視線に気付いていたのには驚きました。
ですが、それならばと私は彼に抱いていた疑念を直接ぶつける事にしたのです。
「……そもそもディーン、あなたは一体どこの誰なんですの?」
「僕は、先程言ったように頼まれた用事を……」
「冒険者の証を持っていない、それなのにあなたが身に付けているのは王城の騎士でも持っていない豪勢な装備……その鎧、そして持っている剣は、聖銀製ですね?」
私がディーンを最初に疑ったその理由こそ、彼が纏っている鎧。そして豚鬼と交戦していた際に振るっていた剣のいずれも聖銀製だった、という事なのです。
聖銀はとても貴重な金属で、お父様の店舗でも余程の発注がない限りはお目にかかれない程、聖銀製の武器や防具は珍しいのです。
「……参ったな。まさか見てすぐに聖銀かどうかを見抜けるような冒険者に出会ってしまうなんて」
「案外素直に認めてしまうのですね。それなら……あなたが誰なのか、あんな場所で何をしていたのか、それも素直に教えてくれるとありがたいのですけど」
つまり私は彼に「聖銀が用意出来る程の地位にある人間だ」と突き付けたのです。
ディーンは私に武器の素材の指摘をされた時に少し驚いた顔をしていましたが、その後は額に手を置き顔を押さえながら。
続けて質問する私の言葉を聞き入ってました。
「……別に君たちを騙す気があったわけじゃないんだ。ただ、父さんや兄さん達を見返してやりたかったんだ。一人でこの近くに出没した豚鬼を倒せたという事実があれば」
「……それで私やカイトさん達を危険に晒したのを、少しは理解してますか?家から聖銀の剣や鎧を引っ張ってきたくらいでどうこう出来る相手ではないのですよ?」
そんな彼の口から出てきた理由というのが、もっと深刻な話なのかと思いきや。恵まれた地位ゆえの馬鹿げた虚栄心からだったとは。
思わず私は、先日のエドガー伯爵子息とのやり取りを思い返してしまい。
それを聞いて私は思わず語気を強めて、ディーンの無謀な行動を叱り付けてしまったのです。
「……うん。そうだね、シェーラの言う通りだ。冒険者の仕事や、豚鬼の強さを軽く見ていた僕が本当に馬鹿だったと思い知ったよ……」
話し始めた時からすると、すっかり肩を落として溜め息を何度も吐いて意気消沈している様子でした。
確かに動機は馬鹿げていますが、周囲に良く見てもらいたい気持ちは理解出来なくもありません。それに、カイトさん達を騙して危険な事をさせようという意図も彼にはなさそうですし。
「ま、まあ。あまり落ち込む必要はないですよ、ディーン。今回のことで自分に何が足りないか、自分の未熟さをわかっただけでも良かったと思いますよ?それに……」
少々言い過ぎた事を謝る代わりに、顔を伏せたディーンに歩み寄って激励の言葉を掛けていきます。
もちろん私がかけるその激励の言葉は「彼に」というよりは、私自身がこの依頼中で感じたことを自分に言い聞かせていることに他なりませんが。
「そんなディーンのおかげで。この森の中を豚鬼を探し回る必要がなかったのですから、あなたの無謀さにも少しは感謝しないといけないですからねっ」
「そ、そうかな?……あ、あはははははは」
「そうですよっ、くすくすくすくす」
激励の言葉を聞いて顔を上げたディーンへと、私は片目をパチリと瞑って、彼が一人で森に入って豚鬼二体と交戦するという無謀な行動を二人して笑い飛ばしていったのです。
────その時です。
森の中から、ガサガサッ……という木々や葉っぱが擦れるような、大きなモノが動く音を聞いた気がしました。
私は笑っていたディーンの口を手で押さえて、もう一度耳を澄ませて、聞き間違いかどうかを確認するのでした。
「ど、どうしたのいきなり、シェーラ?」
「……静かにして下さい。音、聞こえませんでした?」
「えっ?お、音?……い、いや、聞こえなかったけど……」
ガサガサッ……ガサガサッ……ガサガサッッッ!
やはりこの音は森から聞こえてきます。しかも、どんどん音が大きく、こちらへと音の主が近づいてきているように聞こえてきます。
どうやら、最後のほうの音の大きさになるとディーンでも異変に気付いたようで。
「な、な、なな何か近付いてくるよシェーラっ?」
「わかってますっ!ほらっ、ディーン!森から何が出て来ても慌てずに剣を抜いて構えて下さいっ────来ますわっ!」
私も腰の剣を抜いて警戒していると。
森の中から飛び出してきたのは何と、一体の豚鬼だったのです。




