3話 シェーラ、初めての勝利
しかし、目の前の豚鬼は急所を貫かれたにもかかわらず、まだ動きを止めてはいなかったのです。
私は一度体勢を立て直すために、豚鬼の胸に突き刺さる剣を抜こうと力を込めましたが。
「こ、このっ!剣を離しなさいっ?」
何と、豚鬼は私の剣の刀身を握りしめ、距離を離そうとするのを邪魔してきたのです。
豚鬼はその醜悪な顔を、笑ったかのように歪めると、もう片方の手に持っていた棍棒を振り下ろしてきたのです。
「……くっ、ここは氷魔法で────」
「シェーラさんっ!剣を離して下がってっ!」
最初、私は自分だけで何とかしようと氷魔法の詠唱を始めようとしましたが。背後からリアナさんに後ろに下がるよう指示を出されました。
私はこれ以上の醜態を晒さないため、握った剣を諦めて、豚鬼の胸板にその剣を残したまま後ろへと飛び退きましたが。
咄嗟のことだったので足を滑らせ、地面に尻を突いてしまったのです。
「う、嘘でしょっ⁉︎……だ、駄目っ、避けられないっ?」
すると。
目の前の豚鬼の額へと突き刺さる一本の矢。
背後から矢を放ったのは、ネリさんを護衛していたクレストさんでした。
「ふぅ……危ないところだったけど、キチンと当たってよかった」
「さっすがクレストぉ!頼りになるわねっ」
それが決め手となり、背中からゆっくりと倒れていく豚鬼。
手足をビクビクと震わせていましたが、倒れていた豚鬼に近寄ったリアナさんが、首に剣を突き立てて確実に息の根を止めていました。
後衛から心配そうに駆け寄ってきたクレストさんの手を借り、尻を突いた体勢から立ち上がると。
豚鬼の胸に突き刺さったままの私の剣を抜いてくれたリアナさんが、その剣を手渡してくれたので。
「あ、あ……ありがとうございますリアナさんっ、それに……クレストさん」
「いや、シェーラさんの攻撃でもうあの豚鬼は瀕死だったんだよ」
「あ、カイトのほうも豚鬼倒し終わったみたいよ。さっすがシェーラさんの氷魔法は強烈だったわねっ」
横を向くと、カイトさんの一撃で豚鬼が倒れていくその瞬間でした。一緒に戦っていた金髪の少年もどうやら無事のようです。
カイトさんへと集まっていく皆さんを他所目に、私は自分の手のひらをジッと見つめていました。
「これが、私の実力……なんて不甲斐ない。これではアズリアお姉様に笑われてしまいますね……」
私にとって、これが王都の外で魔物と戦った初めての経験となりましたが。
クレストさんやリアナさんは、私を気遣っての言葉を掛けてくれたのですが。豚鬼への対処の仕方や足を滑らせてしまうなど、自分の力量不足を思い知らされました。
……何が4等冒険者ですか。
私はきっと、アズリアお姉様と同じ位置から始められた事に舞い上がっていたのでしょう。
「シェーラさああんっ!ほらっ、こっちこっち!」
「ご、ごめんなさい呆けてしまってっ。今、そちらへ行きますっ」
リアナさんが私を呼ぶ声が聞こえてきます。
豚鬼を倒しはしましたが、まだ依頼を完了したとは言えませんし。
それに、私はまだまだ未熟な冒険者なのですから、こんな事で落ち込んでいる暇なんてありません。
そんな暇があるなら、カイトさん達四人組から学べる事を全部学んでいかないと。
「見たか見たかっ?……俺たちだけで豚鬼って倒せるもんなんだなっ」
「ふふん、そっちが二人がかりな上に魔法で支援までされてる間、あたしなんて一人で豚鬼抑え込んだんだからねっ」
「……ところで、あなたは一体誰なんでしょう?」
まだ豚鬼を倒した興奮から冷めずに盛り上がって、自分の成果を自慢し合っていたカイトさんやリアナさんを遮るように。
冷静なクレストさんが、最初にここで豚鬼に襲われていた金髪の少年へと、私たちが一番聞かなければいけない質問をしてくれたのです。
「あの……えっと、僕は……ディーンといいます。この森に用事があって来てたら、いきなりこの魔物たちに襲われてしまったんです」
「この森に用事、ですか?……えっと、一体その用事って何なのか、聞いてもいいですか?」
するとそのディーンと名乗ったこの金髪の少年は、少し表情を曇らせながら、申し訳なさそうに頭を軽く下げながら。
「それは……ちょっと言えないんです。助けてくれた皆さんに隠し事はしたくないんですが、その、ごめんなさい」
「まあ、その……話したくないなら無理に聞こうとは思わないさ。ちなみにこれから俺たちはこの森を調査するつもりだけど、ディーンはどうする?」
この豚鬼が目撃された森に一人でいた理由を、私としては少々強引にでも聞いておきたかったところでしたが。
リーダー役のカイトさん「用事の内容は聞かない」と決めた以上は、私もそれ以上の追及を諦めました……ええ、この場では。
「皆さんの話だと、この森付近にはまだ魔物が出るみたいだし、そちらの都合さえ良いなら、王都まで僕が同行しても……構わないでしょうか?」
「俺たちは別に構わないけど……どうかな、シェーラさんは?」
「ええ?……わ、私ですかっ?」
私がディーンの身なりや立ち振舞いを観察しているところに、唐突にカイトさんから会話を振られて驚いた声を上げてしまいましたが。
「こほん……ここで一人で帰して、また豚鬼に襲われでもしたら、私たちが助けた意味がなくなってしまいますからね」
そう言って私は腕を組み、なんとか冷静さを装いながら、カイトさん達に頭を頷いて返事をしていきます。
その時に、胸を撫で下ろしホッとした表情をしていたディーンを、私は見逃しはしませんでしたが。




