2話 シェーラ、初めての戦闘
────まさかの誤算でした。
依頼を受けて、豚鬼が目撃されたという森に入って、その異変に気づいたのは私以外のカイトさんたち四人組でした。
「な、何?……この音、吠え声?」
「誰かが豚鬼に襲われてる?」
「……じ、事情は飲み込めませんが、それがホントなら急がないといけませんっ!」
どうやらこの森の中で豚鬼と交戦、いえ一方的に襲撃されている可能性があるというのです……ですが。
「でも、よく気付きましたねネリさん。正直言って、私にはあまり違いが分からないのですが……」
不覚にも私はそのような不審な気配なんて、一切感じられなかったのに。カイトさん達は四人とも例外なく森の不穏な出来事を見抜いていた、という事です。
私はその事を、先行した前衛のカイトさんとリアナさんではなく、隣にいたネリさんに尋ねてみたのです。
「え、えっと……あの、今はまだ昼ですので森の獣もわざわざ位置を知らせるような大きな声では鳴かないんです。それに……」
「それに、ということは他にもあるんですか?」
「あっ、は、はい。くっきりとではなかったですが、金属靴の足跡が。多分、跡が見えなかったのは体重の軽い人だったんですよ、きっと」
……やはり、冒険者を選んだのは正解でした。
魔法学院でどれだけ評価されても、敵の位置を感知する……こんな初歩的な事も私は、三月ほど冒険者として先輩のカイトさん達の足元にも及ばないのですから。
すると、先行していたカイトさんとリアナさんから、後方の私たちへ声が掛けられました。
「やっぱり誰かが豚鬼と戦ってるっ!」
「私たちは救援に入るわっ!ネリとクレストは後衛から援護お願いっ!」
「あ、ああっ、わかった」
ネリさんが私の顔を少し困った表情で見てきました。
多分、集団に加わって間もない私がどう動くのかわからないのでしょう。
「最初の一撃だけはネリさん達に合わせて魔法を放ちます。その後は前衛としてカイトさん達と合流する、それでいいですか?」
「は、はいシェーラさんっ。そ、それでお願いします」
私とネリさんは豚鬼が目視できる位置まで走りながら、魔法の準備のために詠唱を始めます。
「……大丈夫。こっちには豚鬼の気配はないよ」
弓矢使いのクレストさんはというと、詠唱で無防備になっているネリさんを襲う敵が周囲にいないかをキョロキョロとしきりに確認し、こちらへ合図を飛ばしてくれます。
そんな私たちからも、ようやく二体の豚鬼が見えてきました。
剣を抜いて駆け出していったカイトさんとリアナさんの他にもう一人、私たちとあまり歳の違わない金髪の男の子が剣を構えて、豚鬼の振るう棍棒と対峙していたのです。
「大丈夫ですかっ!安心して下さいっ、俺たちは王都からの冒険者ですっ!」
「……ありがとうございます。手を貸してくれると助かりますっ」
金髪の少年の救援にはカイトさんが割り込んで。
もう一体の豚鬼はリアナさんが、斬り付けては棍棒の攻撃範囲から離脱する戦法で引き付けていました。
まずは金髪の少年とカイトさんの目の前にいる豚鬼を何とかしないといけないと判断し。
「カイトっ!──── 風の渦っ!」
「ネリさんに合わせますっ!────氷結刃!」
詠唱していた魔法を、隣にいるネリさんと合わせて放っていきます。すると、私の魔法で撃ち出される無数の氷の礫が彼女の魔法と混ざり合い、発生した極低温の氷混じりの冷風が、豚鬼に直撃し、その足を凍りつかせたのです。
「ブヒヒヒイィィィィィ⁉︎」
足が地面ごと凍りつき、動けなくなった事に驚きの声をあげる豚鬼。
だが、驚きの声をあげたのは私の隣にいたネリさんも、であった。
「え?……えええっ?な、何が起きたんですかシェーラさんっ?」
彼女が驚くのも無理はないかも知れませんが。
私は事前に彼女が風魔法を使える事を聞いていたので、同時に発動して一番効果的な魔法の「氷結刃」を選んだのです。
結果的に、ネリさんの発生させた風に私の氷属性が加わり「凍結の風」相当の効果を発揮した、という理屈です。
「それは後で説明します!私はリアナさんの援護に向かいますので、後方支援お願いしますネリさん、クレストさんっ!」
私は腰に挿した剣を抜いて、魔法の直撃を受けすっかり弱って動きの鈍った豚鬼はカイトさん達に任せ。
リアナさん一人で持ち堪えている豚鬼へと駆け出します。
「助かったよシェーラさん、あたし一人じゃ避け切るのが精一杯でっ」
「その割には楽しそうじゃないですか?」
「わかる?……不謹慎だってのはわかってるんだけどねっ」
先程からずっと豚鬼の棍棒を避けるために、脚を止めずに動き回っていたリアナさんは肩で息をしていましたが。棍棒が直撃すれば致命傷にもなりかねない、そんな彼女で何故か笑っていたのが不思議だったのです。
「5等冒険者のあたしが何処まで豚鬼に通用するのか、試すいい機会だったしね」
そう聞いて目の前の豚鬼をよく見ると、リアナさんが斬り付けたであろう斬撃によって無数の傷が付けられていた。それも、無闇な箇所にではなく首や脇腹などの急所に集中していた。
「ならリアナさん。どちらが先に豚鬼を倒す一撃を入れられるか……勝負しませんか?」
「それじゃ4等冒険者の剣の腕前、見せてもらおうじゃないか」
少し距離を取ったリアナさんの隣に駆け寄り、私らしくもなく競い合うような言葉を掛けてしまいましたが。
そんな私の挑発とも取られるような言葉に、リアナさんは気持ちの良い笑顔で応えてくれました。
二人でコクリと頷くと同時に左右それぞれに跳ぶと、違う方向から剣を構えての突撃に、どちらを迎撃するかでオロオロと行動を止める豚鬼。
その隙を見逃しはしません。
リアナさんが首筋を斬り付けて噴き出す黒っぽい豚鬼の血。その攻撃で怯んだ豚鬼の急所である胸に、私は剣を水平に構えて刺突を放ち、深々と私の剣が胸を貫いて致命傷を与えた。
────はずでした。
思えば、この時の私はきっと冒険者として先を歩いているカイトさん達四人組との経験の差を見せつけられて、焦っていたのだと思います。
「氷結刃」
一点に集中した氷属性の魔力によって空気中の水分が凍結し、触れれば肌が切れる程の手のひらほどの薄い氷を無数に作成していき。対象へと放ち、裂傷を与える氷属性の初級魔法。




