1話 シェーラ、初めての依頼
アズリアお姉様が王都から去って、あれから三月が経過しました。
私、シェーラは無事誕生日を迎えて12歳となり、お父様は随分と心配してくれていましたが、王都の魔法学院への入学を済ませることが出来ました。
12歳となった事で学院への入学と同時に、冒険者組合にて登録する資格を得たことになります。
もちろん私は誕生日を迎えたその翌日に、早速冒険者組合へと足を運び、その日のうちに登録のための試験を受けてきました。
「ふぅ……ランドルさんとこのお嬢さんだから酔狂か何かかと思ったら、冗談じゃねえ……っ。ここまで腕が立つなんて聞いちゃいねえぞっ」
当然ながら、試験は合格し。
試験官を降参させたその結果から、五等ではなく四等冒険者の資格を得る事が出来たのです。
そう言えば、初めて冒険者組合に来た時に、アズリアお姉様が試験を受け、四等の資格を取ったのを思い出してしまいました。
それから数日が経過し、再び私は四等冒険者の証を首から下げて冒険者組合へと訪れたのです。
その理由は、組合で募集している様々な依頼を受けるために。
今、私が首から下げている証は四等ですが。これを三等、二等……そして一等冒険者に等級を上げるには、難易度の高い依頼を数多く成功させて信頼を上げていくしかないのです。
……ですが、困った事態となってしまいました。
「え?……この依頼は、私一人では受けられない、ですか?」
「ええ。いくらシェーラさんが優れた剣の腕を持っていて、魔法まで使えたとしても……討伐依頼は一定以上の人数でないと任せられないのがこの組合での決まりなのよ」
組合の受付係の女性からそう告げられて、依頼を受けるのを断られてしまったのです。
確かに冒険者の方々は、様々な依頼に対応するために得意分野の違った数名の集団を組んでいることがほとんどなのですが。
困った事に、冒険者になりたての私はまだ知り合った冒険者が一人もいないのです。
「あれ?……もしかして、シェーラさん……で合ってますか?」
そんな私に突然声を掛けてきたのは、四人組の私と同じ年頃の少年少女でした。
しかも……この四人、何処かで見た記憶があるな、と思っていたのですが。私が思い出すより先にリーダー格の少年が答えてくれたのです。
「あ、いきなりすいません。俺たち、アズリアさんが王都から旅立つ時に一緒にいたんです。確か……グレイ商会のランドル子爵の娘さん、ですよね?」
「……あ、あのっ。それに、アズリアさんには、試験を受けた時にも助言を受けたり、絡んできた男の人たちを追っ払ってくれたり……その」
そうでした。
この子供たちは、お姉様の手を引いて組合に見学に来た際に、お姉様と一緒に冒険者の試験を受けていた四人組だと思い出しました。
確か、このリーダー格の少年はカイト。
そして、その横で頭をぺこぺこと下げている少女はネリ、この子の母親の薬の代金を稼ぐために冒険者になりたかったと言っていました。
そんな彼女が一つの提案をしてきたのです。
「あ、あのっ!……わ、私たちと一緒にその依頼受けませんか?」
いきなりの言葉に、私は反応に困って思わず受付係の女性と顔を合わせてしまいましが。
「それはいい提案だわ。この依頼も、そこまで待たせてよい内容じゃないし。カイト君たち5等冒険者だけの集団だと依頼は回せないけど」
何と受付嬢はネリさんの提案をうんうんと頷きながら、肯定する方向に進んでいきました。
まあ。
私としては、依頼を受けられればよかったので。
私のことを見知ってくれている、年齢の同じくらいの集団と一緒になれたのは、寧ろ幸運だったのでしょう。
「その点、シェーラちゃんは四等冒険者だしね。条件は充分に満たしているわ……それにしても、わざわざこんな危険な依頼受けなくても……ねぇ」
確かに、今から私たちが受ける依頼は危険を伴う内容です。
私が言うのも何ですが。ならば何故、他の依頼を受ける選択肢を取らないのか?
それは、依頼の内容が問題なのです。
今、組合に残っている依頼のほとんどは「下水道の清掃」「迷い猫の捜索」「酒場の手伝い」などの雑務か、もしくは隣国への護衛任務などの長期間の依頼、山に棲み着いた飛竜の討伐など高い難易度の依頼しかなく。
四等の私に丁度良い依頼が、この「豚鬼の討伐」だったのです。
「……で、でも。大丈夫なのかな?」
「確かに私たち、まだ小鬼程度としか戦った事ないし、戦闘経験が足りないんじゃ……」
「だけど、このまま街の雑用だけ受けていても、薬代を稼ぐだけでギリギリになってきたし、そろそろ俺たちも四等冒険者を目指してもいいんじゃないか?」
そう、雑務だけでは冒険者等級を上げる評価には繋がらない、これが問題なのです。等級を上げるには、やはりここは魔物の討伐といった派手な内容の依頼を受けたかったのです。
豚鬼、とは。
下位魔族の中でも底辺属に位置する一種で、人間と同じく二本の腕と二本の脚を持ちながら、猪に似た潰れた鼻が特徴的な頭部を持ち、私たち人間よりも身体が大きくその分腕力にも優れている。反面、知性は低く石を投げるか、木の棒や素手でしか攻撃をしてこない。
単独で存在することは稀で、少ないながら群れで定住せず動き回りながら、野生の獣や時には人間を襲って食糧にする習性があるために、街や集落は近辺に豚鬼が目撃されれば討伐依頼を出す取り決めとなっている。
────と、魔法学院の教科書にはありました。
確かに豚鬼は、一体一体は子供ほどの戦闘力しかない小鬼と比較すると格段に危険度の高い魔物ではあり、討伐の難易度も上がりますが。
だからこそ。
私は不安な顔をするカイトさんらを鼓舞するように、お姉様だったらこうかけるであろうと思った言葉を口にしていきます。
「心配ないですわ。これでも私、氷魔法も使えますの。いざとなったら、私がカイトさんやネリさん達を守ってみせます!」
そうなのです。
私はいずれ、あのアズリアお姉様の強さに追いつかないといけないのですから。
さ
ランベルン伯の子息エドガーに拉致された時も、私がもう少し強ければお姉様の手を煩わせずに済みましたし、伯爵に手を出した罪でお姉様が王国を出る必要などなかったのです。
すべては私が弱かったのが原因、ならば。
「──豚鬼ごときに躓いてなどいられません……」
 




