閑話② とある妖精族の独白
私、リュゼ・オルデリークはこの地で生まれ育ったわけではない。
そもそもこの国には我々妖精族の集落となる森が存在しないからだ。
私が生まれたのは、ここより遥か東の地。
魔導王国ゴルダと、東部七国連合の間に広がる、人間たちが「魔女の森」と呼ぶ大森林地帯に集落を置くオルデリーク氏族の出身なのだが。
私は、生まれながらに「魔」と呼ばれる存在を狩る「魔狩人」となることを運命付けられていたために。
戦闘の、そして外で生きる知識を教わると、すぐに森の外に出されることとなった。森の同胞たちと別れるのは抵抗があったが、それが私の役割ならば仕方ない。
もう一つ……私が森を出る理由があった。
それは、何故か生まれた時点で私の左腕には、伝説に謳われている十二の魔剣。そのうちの一つである大地の魔剣フルンディングを継承してしまっていたのだ。
この事実は、私以外にはオルデリーク氏族の長老しか知らない。
こうして私は、魔女の森を旅立つことになった。
その旅先で、出会うこととなったのが同じ妖精族のティアーネという精霊術師だった。
故あって人間たちの困り事を彼女と一緒に解決し、それから共に旅をするようになった。
常に気を張っていたためか近寄り難いと評された私とは違い、ふんわりとした温和な印象の彼女は、同族の私から見ても魅力的に見えた。
もちろんそれだけではない。
彼女が用いる精霊魔法は、人間たちや私が使える通常の魔法よりも遥かに高度で、絶大な効果を発揮する。
それ程に精霊に愛されていた彼女のような妖精族は通常、集落を導く役割を担い、集落に留まる筈なのだが。
その事を彼女に問い掛けたところ、笑いながら舌を出してこう答えたのだ。
「外の世界に興味があったから黙って旅立ったの」
……まったく。
私が魔狩人でなければ、元いた集落に彼女を連れ帰っていただろう。
こうして私は、後にティアーネが一人の人間の男と恋に落ち。魔神に挑むという無謀な試練をその人間と彼女と一緒に立ち向かい。
今、彼女はホルハイムという人間の国の王妃として、同族ではなく人間らを導く存在になっているのは皮肉なのかもしれない。
そんな私の最近の悩みと言えば。
北に位置する大国、ドライゼルからの一方的な侵略戦争が終わりを告げる前からの話なのだが。
「ねえリュゼ。ロシェットは何処にいったのかしら?」
ロシェットとは、ティアーネが腹を痛めて出産したこの国の国王陛下との子供で、人間と妖精族との混血である半妖精族であり、この国の唯一の王位継承権を持つ王子なのだ。
それ故に我が子を心配するのは当然と言えば当然なのだが……問題は、その頻度なのだ。
「いい加減にしろ王妃。その言葉、今日一日で一体何度目になると思っているんだ?」
「ちょ、ちょっと!……二人きりの時は王妃じゃなく昔みたいに名前で呼んで、って言ってあるじゃない?」
「そんな事はどうでもいい……もう5回だぞ。息子を心配するのはいいが、ロシェットももう10歳だぞ?少しは外の世界を勉強させるべ────」
「駄目よっ!駄目ったらダメ!まだあの子には外の世界なんて早すぎるわよっっ!」
朝から既にロシェットの居場所を探すように彼女に求められて、夜を待たずして五度目。さすがの頻度に私が彼女を諌める言葉を掛けると。
その言葉に憤慨した彼女は抗議する態度なのだろう、私の胸をポカポカと握りしめた拳で駄々っ子のように叩いてくる。
「……わかった、わかった。王子は私が探しておくから、国民や臣下らの前でそんな取り乱した態度を出すんじゃないぞ?」
今だから笑い話に出来るが、有翼族らによってロシェットが王城から姿を眩ませ、スカイア山嶺に連れて行かれていた時には。
ちょうど帝国軍の隠密部隊の毒で意識を失い、寝床に伏せていた最中だったので、幸運にも王子の失踪については何も知らない。
「そうよ……外の世界であの子が変な女に拐かされでもしたら……私は、もしかしたらその女をどうかしてしまうかもしれないわぁ……ふっふっふ……」
部屋を出る際に物騒な言葉と笑い声を残す王妃。
……いや、もし知られたらと思うと怖いので、周辺の人間には硬く口を閉ざすように言い含めてあるのだが。
私が渋々ながら、ロシェットの居場所を探すことに承諾したことで、公務に戻っていくティアーネ。
帝国との戦争が終結して、やらなければならない公務は山積みなのでしっかりと勤めて欲しいところだ。
実のところ、ロシェットが何処にいるのかは私がきっちりと把握している。先程も言ったが、彼はただ「友人の息子」という立場ではない。
れっきとしたこの国の王子なのだ。
だから私は、王城内の書庫ではなく。
城を出て城下街にある、古い文献などを扱う古書店へと顔を出す。
その店舗の中で一冊の書を読んでいた最中のロシェットだが、どうやらこちらに気付いたらしい。
「あ、リュゼさん。もう夕刻ですか?やっぱり本を読んでると時間が過ぎるのは早いですね」
「いや、まだ夕刻には早いが。お前の母親が意外に心配性でな、様子を見に来たんだ」
それを聞いて、一つ深い溜め息を吐くロシェット。
「……確かに僕は父上と比べてひ弱ですし、母様と比べても魔術の腕もまだまだですが。それでも、母様は僕を心配しすぎです……僕だって」
と、握り拳を作って自分の凡庸さを歯軋りをしながら憤慨しているのがわかる。
実のところを言わせてもらえば、二年ほどアイザック大将軍に剣の鍛錬を受けてはいたし。私が見ていた魔法の技術も、適性のある雷属性の簡単な初級魔法なら確実に発動出来る。
剣も魔法もこなせる10歳の王家の子供など聞いたこともないのだが。
だが……確かに最近のティアーネの息子への溺愛は目に余るモノがある。もう10歳にもなる彼の寝床へ忍び込んで一緒に寝たり。水浴びや入浴をする際にもまだ息子と一緒に入ろうとするのだから、彼としても自由時間くらいは母親の目の届かない場所へと足を伸ばすのは自明の理だろう。
すると、ロシェットは珍しく手元の書籍ではなく、私に視線を向けると。
「リュゼさん、一つ……聞いてもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。もっとも、不勉強な私には答えられる事は少ないと思うが、何でも聞いてくれ」
これは本当のことだ。最低限の人間たちの営みと戦闘技術以外を私は森の同胞から学んでなかったのだから。
さて、何を聞かれるのだろうか?
「……あの。母様を助けてくれたのは、有翼族の集落で僕を助けに来たアズリアさんと、同じ女の人ですよね?」
そう。
少し前に、難題を抱えた有翼族が城に助けを求めた際、ロシェットをそのまま連れて行ってしまった事があり。
私は騎士団長のサイラスと使用人であり隠密のルーナを引き連れ、スカイア山嶺に向かったそこで遭遇した女戦士。
それがアズリアとの出会いだったのだ。
後に再会する事が出来た時に、彼女から色々と話をすることが出来たが。最初に遭遇した際に私がアズリアに憶えた親近感の謎が、彼女の境遇を聞いて少しだけ納得したのは記憶に新しい。
「ああ、本当はあまり王妃を助けたのが彼女なのは知られたくない事なんだ。だから、あまり他所でこの事を口にしないよう頼みたいのだが」
「あ、い、いえ、はい。僕も……あの人の迷惑は掛けたくないですから……」
ん?
何だろう。アズリアの話題になってからというもの、ロシェットの様子や振る舞いが少しおかしい事に気付く。
「……そんなにアズリアが気になるのか?」
「実はそうなんです。スカイア山嶺であの人に会ってから……読んでいる本の内容も全然頭に入ってこないんです。浮かぶのはあの人の顔ばかり」
そうアズリアの事を話す口調は実に嬉しそうだ。
よく見ると、少し頬が赤くなっているのがわかる。ロシェットは妖精族に近い特徴を持っているためか肌の色はかなり白に近く、紅潮すると結構目立つのだ。
「……もう一度、会いたいな。あの人に」
私は今のうちにアズリアとティアーネ。
掛け替えの無い友人二人に心の中で何度も謝っていた。
どうしても王妃ティアーネのロシェットに対する溺愛っぷりを書いておきたかったので、急遽割り込ませました。
ちなみにティアーネのイメージCVは井上喜久子さんです。




