68話 アズリア、エルとの別れ
元々、エルの居場所である孤児院を兼ねた教会のあるこのホルサ村に彼女を送り届けたら、アタシは大剣の修繕のために東へと旅立つつもりだった。
別れの挨拶をせずに出発したのは、単純にアタシがそういった湿っぽい雰囲気が苦手だったからだ。
そう。シルバニアでも砂漠の国でも黙って旅立つつもりだったが。
何故かこうやって待ち伏せされてしまうのだ。
しかし……二人の間に流れる空気が、重い。
声を掛けられたにもかかわらず、アタシは黙って立ち去ろうとした気まずさから、背後にいるエルへと向き合うことが出来ていなかった。
そんなアタシへ、もう一度彼女のほうから言葉を投げかけられる。
「……うん、本当はね、薄々はわかってた」
「悪かったよエル、ホントはさ、あ────」
意外すぎるエルの言葉に、アタシは初めて振り返って彼女の顔を凝視し。
……罪悪感で胸が締め付けられてしまう。
「この村を占拠してた帝国軍を倒して、村を取り戻してくれてから……わたしは今までずっとアズリアと一緒に旅を続けてきたからっ……」
「そうだね、思えば……アタシがこの国に来てから、エクレールやラクレールを奪還した時も、ずっとエルとは一緒だったねぇ」
「アズリアの左脚を治療したのも、わたしなんだからっ」
「そうだったねえ、ホント……エルがいなかったら、アタシの脚がどうなっていたかわからないモンね。うん、凄く感謝してるよ」
アタシとの出会いを懐かしむその態度とは裏腹に、エルは言葉を口にしながら、その両目には大粒の涙を溜めていたからだ。
「だから……だから、ずっと隣でアズリアのことを見てきたんだものっ、何か様子が変だなぁ……なんて、気づかないわけないじゃない……っ」
「……ごめん、悪かったよエル……」
そのままエルはアタシへと走り寄ってくると、背中に抱きついて顔を埋めながら。
「ホントはわたしだってついて行きたいっ!教会も王様からの支援も村の皆んなも、何もかも捨てちゃっても構わないっ……て、言えたらよかった」
「ああ、アタシが知ってるエルって人間は、少なくとも子供たちを見限るような真似は間違ってもしない。そう思ってるんだけどねぇ……」
顔を押し付けながら涙声で語るエルの身体に腕を回していき、彼女を胸で優しく抱き寄せていく。
「……ズルいよアズリア。そんな事、先に言われたらもう、我が儘言えないじゃない……馬鹿ぁ……」
アタシの胸の中で声を殺して泣きじゃくるエル。
そんなエルが泣き止むまで、しばらくの間彼女の頭をそっと撫でていきながら。
「……ごめんな、エル」
何度も小さくアタシは謝っていった。
やがて、涙を流し尽くして落ち着いたエルが顔を上げて、無理して笑顔を見せると。
「……考えてみたら、別にこれから先……アズリアと永遠に会えなくなっちゃうわけじゃないんだよね」
勿論、言っているエルも理解はしている。
いくらこの国の勲章を持っているとはいえ、この広いラグシア大陸で二人が偶然に再会する可能性はゼロに等しい。
エルがこの村から動けない以上は、アタシがこの村を再び訪れる以外に再会する可能性はないのだ、と。
だからアタシは、唯一心残りになっている事をエルに託すことにした。それはもしかしたら二人が再会するために必要なことかもしれないから。
「……エル。今からアンタの元を去るアタシがこんな事を頼める義理じゃないんだけどさ。教会で妖血花のことを……預かっちゃ貰えないかねぇ」
そう、二人で見つけたあの妖血花は、アタシの事を「ぱぁぱ」と父親扱いするように。あの場にいたエルの事を「まぁま」と母親扱いして懐いているのだ。
……その様子を何故か師匠は苦々しく見ていたのが、妙に気にかかるのだが。
「も、もちろんっ、アズリアが帰ってくる時までしっかり預かっておくからっ!……だから、絶対に逢いに来ないとゆ、許さないんだからねっ!」
強気な言葉から伝わってくるのは、先程までの気落ちした雰囲気ではなく。何か確信めいた希望を目に宿した、そんなエルの嬉しそうな感情。
そして彼女が自分の首に掛かっていた「何か」を外すと、アタシの首へと掛けてきたのだ。
「その聖印がきっと、それが同行出来ないわたしの代わりにアズリアを護ってくれる……か、貸しておいてあげるだけなんだからねっ、次に逢う時には返して貰うからっ!……だから」
そして、そのついでにアタシの頬に唇を当ててくるエル。
そしてアタシから数歩後ろに下がりながら、少し頬を赤くして吹っ切れたような微笑みを浮かべながら。
「……さよならは言わないわよ」
「ああ。今度逢う時はイイ女に成長してるんだぜ、エル?」
「ふふっ、アズリアやフレアに負けないくらいの女になって驚かせてやるんだからねっ!」
「「あっははははははははははっっ」」
アタシは豊満な自分の胸元を指差して、エルを揶揄っていくが。そんなアタシの言葉を軽くあしらうように腰をクネクネと動かしてそれに応えるエル。
そんなお互いの様子を見て、今度は声を上げて大笑いしてしまうアタシとエル。
────そして、異変は唐突に起こる。
アタシの足元が仄かに光り輝き出したのだ。
「……な、何よ?な、なんなのアズリアっ?」
「あ、アタシもな、何がなんだか知らないよっ?」
最初は、精霊憑依を終えていつの間にか精霊界へと帰っていた師匠の仕業かと思ったのだが。
感じる魔力の質が師匠とは全然違う。
だが、この感覚。
アタシはこの魔力を一度感じたことがある。
「────アズリアあああああっっっ……」
足元の光が徐々に強くなり、やがてエルの姿が見えなくなる程の眩い光量になると。
アタシの名前を叫ぶエルの声を最後に、視界も、そしてアタシ自身の身体が溢れ出す魔力光に飲み込まれていってしまう。
光が消え去った後。
その場には、光が眩しくて顔を覆い地面に座り込んでしまっていたエルが一人残されていた。
「……あ、アズリア……?アズリアっ、ねえ!何処へ行っちゃったのっっ!────アズリアああああああっっっっ⁉︎」
彼女のアズリアを呼ぶ悲痛な叫びは。
夜の闇の中に虚しく吸い込まれ、沈黙が返ってくるばかりであった……
これで第四章は終了となります。
今回は多少、反則気味な終わり方でありますが。
この場より消えたアズリアが一体何処へ飛ばされたのかは、第五章の開始をお楽しみにしていて下さい。




