バレンタイン特別編 女性陣、その甘々な戦い
バレンタイン特別編です。
この話は四章終了後の時間軸となります。
ここはラグシア大陸でも「黄金都市」と揶揄されることもある北側に位置するホルハイム王国の王都アウルム。
その王城の庭園を開放して本日、一大イベントが開催されることとなった。それは……
「興味持って集まってくれたお前たち!これから繰り広げられるのは、大陸に名だたる女傑たちがただ一人の人物目当てに甘味を用意する、欲深いイベントだあああっ!」
『────うおおおおおっっ‼︎』
「それじゃまずは解説をする俺らの紹介だあっ!この俺、エッケザックス傭兵団長のトールと……」
「あー……えーと。グレイ商会の代表をしているランドル・アードグレイ男爵だ、よろしくお願いする」
風魔法で音量を上げ、聞こえる範囲を拡大する魔導具(グレイ商会からの提供)で、庭園に集まってきた住民らに説明するトールとランドル。
「ちなみに、今日用意してくれた甘味というのはこのランドル男爵が提供してくれた『チョコレイト』なる未知の甘味らしいから期待してくれっっ!」
『────うおおおおおおおっっ‼︎!』
少し説明を加えると。
ランドルが持ち込んだこのチョコレイトなる甘味は、コルチェスター諸島や魔導王国ゴルダで飲み物として飲まれている豆の一種を徹底的に石臼で擦り潰して作られた練り物状を沸かした湯で溶かした飲料を。
商会独自の技術で、豆を擦り潰した練り物に蜜や乳を加えてから冷却魔法で冷やし固めたモノらしいが。
とどのつまりこの馬鹿騒ぎは、グレイ商会が新しい甘味を大陸に広めるための第一歩としての作戦でもあった。
さすがはランドル、大商会の代表だけあって抜け目はない。
「さあ!まず一人目はこの人っ……この都市の連中なら知らないほうがおかしい、王妃様親衛隊長の妖精族、リュゼさんのチョコレイトだああっ!」
奥から一つの箱を持って登場するのはリュゼ。
本来、こういった場所やイベントは苦手なのだろう、顔を真っ赤にしながらぎこちない足取りで用意された舞台に登っていくと。
箱を開けて、中身のチョコレイトを披露していく。
皆が初めて見るチョコレイト。
それは、艶の良い茶褐色の塊だった。開けられた箱とその塊からは甘い香りと香ばしさが漂い始める。
「い、言われた通りに用意されたモノを溶かして冷やして固めただけだぞ……あ、あまり見ないてくれないか……」
『────うおおおおおおおおお‼︎‼︎』
湧き起こる歓声。
リュゼは気付いていないのだろうが。
元々、妖精族として麗しい容姿と体型に人を寄せ付けない雰囲気。いざ帝国との戦闘となった時の荒々しい戦い方に国民からの人気は高いのだ。
「さて。次はあのガンテ将軍を一撃で撃ち倒した、南の砂漠の国からの客将でもあるノルディアの作品だああっ!」
同じように登場するノルディアだが。
何故か彼女は箱と一緒に、練習用の木剣ではあるが武器を握っていたのだった。砂漠の民らしく日に焼けた褐色の肌と長い黒髪を後頭部で結ったその凛々しい美貌は住民の人気も高いのだが。
さすがに、その出立ちの異様さに騒いでいた群衆が途端に静まる。
ノルディアにはある困った特徴があって。
武器を持つと「憤怒憑き」が発動して見境無く暴れてしまうし、武器を持たない時は吃り癖から人前を避けてしまうといった。
だが最近は、武器を持っていても何とか感情の昂りを制御出来るようになっていた。
だから、木剣を持って登場したのだ。
「ははっ。こんな場所に木剣を持ってきて悪いんだけど、こうでもしないと皆んなの前に出られなくてね」
そう言って開けられた箱の中身はというと。
リュゼと同じ茶褐色の塊には違いないが、その見た目は無骨な塊ではなく凛々しい女性像であった。
「ノルディアさん?もしかして、この女性は……」
「もちろん、この甘味を渡したい相手に決まってるだろ?」
「いやこれどう見ても姐さんじゃ……」
「次!次を紹介しないといけないだろ、トールさんっ、ほらほらっ!」
実は、今回のイベントに参加してもらった錚々(そうそう)たる面々には皆、「アズリアに甘味を贈り物する」という説明をしている。
だが、この面々は皆各国の重鎮である以上、その人間がアズリア一人に好意を寄せているのを知られるのは、彼女たちのためには決してならない。
「お、おう?それじゃ気を取り直して、三番手にはノルディアとともに砂漠の国からやって来た、見目麗しい治癒術師ユメリアだああっ!」
『────うおおおおおおおおおおおお‼︎‼︎』
奥から箱を持ちながら淑やかに登場したユメリアは、まず群衆たちに頭をぺこりと下げて一言。
前二人と違い、大人しめで美しい黒髪をすらりと伸ばした、その女性像にアウルム住民の人気も高い。
「皆様方、本日は私たちのためにわざわざお集まり下さり、本当に感謝いたしますわ」
『────うおおおおおおおおおおおっ‼︎‼︎』
そして。ユメリアが箱を開けた瞬間。
この庭園に……地獄が降臨したのだ。
「こ、これはっっ……うぐっ、チョコレイト?」
「い、いやランドルさん、これはチョコレイトじゃねえ……何ていうか、禍々しいチョコレイトとは別の何かだ、間違いねぇ……うぷぅ」
咄嗟に布を鼻と口に被せながらも解説を続ける二人だったが。
箱の中身は、今まで紹介した二人のチョコレイトとは明確に違い。茶褐色ではなく緑を含んだ黒い塊で、漂う香りも甘くなく寧ろ、目が痛くなるような苦さだ。
『────ぎゃあああああああああ!』
群衆から湧き起こる歓声……ではなく悲鳴。
「おおっと!四人目に参加予定だった修道女エルが、混乱した群衆らの中に突入して必死に回復に努めているぞおっっ!」
「……おかしいですわね?……黒霧草とパスディルの実の調合を少しばかり間違えたのかしら?」
ユメリアの唯一の欠点。
それは、何を料理しても最後に薬草を大量に投入するために、修正不可能な味と化してしまうことなのだ。完成した料理(?)は決して毒ではないが、その味は……全ての料理を冒涜した、そんな味だ。
要は「料理をさせてはいけない人間」、それがユメリアの本質を知る人間の合言葉でもある。
群衆の騒ぎの原因は見た目の酷さと悪臭による目の痛み、そして騒いだことで足を挫いたり尻を打ったりした事だ。
そんな群衆らにエルが一人の女の子の手を引いて……いや、人間ではなく妖血花なのだが。
「ほらっ、ただの打ち身程度に治癒魔法使うまでもないわっ!も、もうっ、これでも食べて泣き止みなさいよっ、ほらっ」
「ん──っ!甘ひぃぃ♡」
「ありがとうお姉ちゃんっ!」
「まぁまっ!あずもあずもーっ!」
「……まったく、本当だったらあのチョコレイトはアズリアに食べてもらうつもりだったんだけどね、まぁ仕方ない、か」
エルが何とか自分のチョコレイトを配ったり治療に回って騒ぎを宥めようとしているが、群衆らの混乱は収まる様子がない。このままではイベントは失敗してしまう。
「な、なあランドルさん。実は、エルが最後の参加者だったんですが……これ、どうしましょうか?」
「ふっふっふ……実はね、こんな事態を想定して、俺のほうから飛び入りの参加者を用意してある!」
「ほ、本当ですか⁉︎……さ、さすがは大商会の代表っ、で?……その参加者ってのは?」
奥からちょこんと登場した、エルと同じ年齢くらいの金髪の少女だったが。その姿を見ても、その女の子が一体誰なのか、その場にいる誰もが首を傾げていた。
ただ一人、ランドルを除いては。
「あれこそっ!グレイ商会の代表のこの俺の娘シェーラだっ!どうだ、可愛いだろ?うちの娘は可愛いだろ?」
どうやらランドルは親馬鹿だったようだ。
まあ……確かに彼女の登場で一旦騒ぎは収まったので、結果的には良かった……のか?
「あ、あのっ!私、お姉様に捧げる作品として、普段は厨房などに入りませんが、一生懸命作ってまいりましたっ!ど、どうぞっ!」
と言って、箱を開けると。
そこには多分、男女の縁も司る女神イスマリアの聖印、簡略化された心臓の形にしたかった茶褐色の塊だが。
残念ながら公開されたそれは、真ん中からパッキリと割れてしまっていたのだ。
「えええっ⁉︎……う、嘘ですっ!試しに作ってお父様に渡したチョコレイトは何ともなかったのにっ?」
何とも居た堪れない気持ちに包まれる会場全体。
すると、今回のイベントのためにトールと一緒に傭兵団の人間として王都を訪れていたフレアが、エルに混じって試作用に参加してくれた彼女達に渡していた、チョコレイトを細かく砕いたモノを群衆に配っていたのだ。
「集まってくれてありがとね。チョコレイト、美味しいと思ったら是非グレイ商会に買いに来て頂戴ね」
「は、はいっお姉さんっ!」
「お、おいあの人誰だよ?」
「馬鹿っ、今回の戦争で大活躍したエッケザックス傭兵団のフレアって言えば、魔法の腕なら帝国のロゼリア将軍と互角以上の天才魔術師だぞっ!」
自分の評価が現実以上に高くなっていることに、頬をポリポリと掻いてばつの悪い顔をしてはいたが。
何にせよ、エルの犠牲とフレアの機転でイベントも何とか無事に終了することが出来た。
なあ、だから。
早く戻って来いよ、アズリア。
お前さんは今、何処で何をやってるんだ?
アズリアに好意を持つ女性キャラを予想以上に登場しすぎたのでこんな話になってしまいました。
アズリアが必死になって、ハティのためにチョコレイトを作る話でもよかったのですが、アズリアは多分登場した女性の中で、かなり料理の腕がある側なので。
あまり盛り上がらないかな、と。
そしてこれで250話達成です。




