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62話 アズリア、柘榴石の加護

 そう。ランディは戦死したのだ。

 アタシと一緒の戦場で、アタシの目の前で。


 帝国軍学校の訓練中に偶然起きてしまった東部七国連合(イースト・セブン)との衝突の際に、アタシとランディら訓練生は急遽として戦場に駆り出され、その結果……彼は不運にも敵兵の槍に急所を貫かれて生命を落としてしまったのだ。


 目の前で彼の死を看取ったアタシの記憶には、あの自分の手の中で徐々に冷たくなる感触が。傷口に布を何枚も当てても止まらない大量の血が。今でも鮮明にあの当時の様子が忘れられなかった。


 だから、目の前の人物が如何(いか)にランディの姿をしていたとしても、それがランディ本人である筈がないのだ。


「どうしたんだい、アズ?……怖い顔をしちゃってさ。ほら……いつもみたいにこっちへおいでよ……アズ」


 それでも目の前のランディの姿をした男は、アタシへ向けて優しい言葉を投げ掛けてくる。あの当時と同じく、「アズ」と愛称で呼びながら。

 そんな目の前の男(ランディ)の甘い言葉を聞いた途端に、一度は彼を「死んだ」と断定していた頭の中に侵蝕してきたとある感情が、アタシの心の中に突如として生まれてきた(・・・・・・)


 ランディが死んではいなかった、という希望。


 アタシはフラフラとした足取りで、差し出されたその腕を掴もうと、目の前の男(ランディ)へと歩み寄っていく。

 あと二、三歩。そのまま前に進めば、かつて想いを馳せた男の手に触れることが出来た。

 アタシ自身も、それを望んでいた筈だったのに。


「……う、嘘っ、か、身体が……足が。これ以上前に動かない……っ?……な、何でだよっ!目の前にっ、目の前にランディがいるのにぃ……ぃッッ!」


 右脚に力を入れて。

 左脚に力を込める。足を上げて前に動かしながら、右腕をランディに伸ばしていき、同じように優しく微笑んで手を差し伸べる彼の手を掴もうとするが。

 そんなアタシの背後から腕を伸ばし、羽交い締めにして前に進むのを何者か、謎の人物によってもの凄い力で制止される。


 アタシは激昂して振り解こうと、背後から押さえ付ける謎の人物の顔を覗き、そして驚く。


「邪魔するんじゃね────って⁉︎……そ、その顔……ま、まさか……アタシ?」


 短く燃えるような紅い髪に、日に焼けたような褐色の肌。そして右眼に魔術文字(ルーン)が刻まれていた筋肉質の巨躯(きょく)の女。

 そこにいたのは紛れもなく、アタシだった。


 アタシに瓜二つの女は、悲しそうな表情を浮かべながら眼を閉じて、首を横に何度も振っていくとその姿が徐々に薄れ始め、やがて消えてしまった。

 と同時に、身体を押さえ付けていた拘束も解けて、ランディの手を取る邪魔は最早(もはや)なくなった。


 そう、邪魔するものは何も無くなった筈だ。

 なのに、何故か……身体が前に、動かない。


 いや、唯一動かすことの出来た左腕の指の先から、暖かい光がアタシを包み込んでいくのがわかる。

 よく見ればその暖かい光の元は、アタシが左手の指に装着していた、血のように紅く輝く石の嵌った指輪だった。


「こ、コレは……ユメリア達と再会した時に、ハティからって彼女から貰った柘榴石(ガーネット)の……」


 そう。

 それはアウルム城内で王様との謁見が終わった後に再会したユメリアから手渡された、ハティからの贈り物。

「戦士の石」と呼ばれる柘榴石(ガーネット)が飾られた指輪だったのだ。


 ふと、頭に掛かっていた(もや)のようなモノが消え去り、アタシの頭の回転が戻ってくると。

 さっきは何故「ランディがまだ生きている」なんて幻想を抱いてしまったのか、不思議で仕方なかった。


 だって、アタシは確かに憶えている。

 ランディの生命の灯が消える寸前、彼がアタシに残した死に際の言葉を。

 だから────アタシは確かめてみる。


「なぁ……ランディ。アンタがあの時、アタシに血を吐きながら言った言葉……憶えているかい?」


 疑念を抱いたアタシの問い掛けに、手を差し伸べる体勢のまま、優しい微笑みを浮かべたまま表情を崩すことなく答えてくれた。


「うん、憶えているよ。もちろんじゃないかアズ」


 返事を聞いたアタシは、左の拳を握り締め、右眼の魔術文字(ルーン)を発動させていくと。

 アタシは、若い頃にあれだけ愛しかった筈の目の前に立つ男の顔面へと、左腕を突き出して渾身の拳を叩き込んでいた。

 

 拳がランディの顔面に直撃した、その瞬間。

 この世界の一面を覆っていた漆黒の闇と、ランディの顔面に、甲高い音を立てて亀裂が走り。

 

「……な、何故だいアズ……ぼ、僕は君に会えて、嬉しかった、だけな、の……に……」

「……アタシもさランディ、久々にアンタの顔を見れて嬉しかったよ、うっかり我を忘れるくらいにはさぁ……」


 気付かないうちに、アタシは涙を流していた。

 その涙が頬から流れ落ち、一面漆黒に包まれたこの世界の地面に涙の滴が落ちたその場所から、亀裂は大きくなり。

 パキン!と何かが砕けたような音が鳴り響き。


 アタシの目に映る景色に色と光が戻っていく。


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