60話 アズリア、吸血鬼を追い詰める
不意討ちが失敗し呆然としていた、教会の前に雁首揃えて立ち並ぶ吸血鬼連中の一体の顔面に、アタシの拳が叩き込まれていき。
拳をまともに喰らって吹き飛んだ吸血鬼が、背後の教会の壁に勢いよく激突するのを見て、ようやく連中は我に帰り。
「さぁて、アンタら……村人の魂、一人残らず返してもらうよ、覚悟するんだねぇ」
罠に掛け仕留める側の吸血鬼と。
罠に掛かって仕留められる獲物の役だった筈のアタシら。それが逆転し、今度はアタシらが連中を追い詰める側に回ったのを、連中は身を以って思い知る事となった。
握り締めた拳で目の前の吸血鬼を殴り倒したアタシは、背中に背負っていた巨大剣に手を掛け、片手で構えると。
「おッ……らああああぁぁぁあッッ!」
右眼に宿した魔術文字が、赤く輝く。
そう、それはまるで吸血鬼が獲物を定めて襲い掛かる時のように。
その効果が身体を巡り、増強された膂力で振り下ろされた大剣の一撃は、まだアタシへ対処出来ないでいた違う吸血鬼を、肩から纏っていた鎧ごと斜めに両断していった。
「調子に乗りやがあぎゃあああああぁぁああ⁉︎」
アタシの大剣の間合いから何とか一度逃れようとする吸血鬼連中に浴びせられたのは、落ち着きを取り戻したエルからの神聖魔法だった。
「邪悪なる存在、生命無き生命を大地母神イスマリアの名の元に、光へと還せ────神聖十字砲火」
辺り一面に響き渡る澄んだ歌声と。
空から舞い落ちてくる白い閃光の粒。
その歌声は魔族や亡者の動きを阻害する効果があり、広範囲に散らばった光の粒子が吸血鬼の肌に触れると、その箇所から十字を描いて燃え広がっていく。
「……村の皆んなの魂、返して貰うんだからっ!」
「へえ、やるじゃないのエル。村に来てからずっと泣いてばかりだったから、てっきり足手纏いになるのかと思ってたわ」
と言いながら、エルの神聖魔法の光の粒を何とか避けた連中の一体に音も無く隣接していくと。
何気なく突き出した腕が、いとも簡単に目の前の吸血鬼の胴体を貫くと。
「も、もう一度死ぬのは、い、い嫌だああああ!」
「……滅しなさい、自然ならざる存在よ。今、土に還してあげるわ」
大樹の精霊の緑色の魔力に包まれた吸血鬼の身体は徐々に朽ち果てていき、ボロボロと土となって崩れ落ちていった。
エルの神聖魔法に、師匠の活躍で吸血鬼は順調に数を減らしていき。
最後に残った一体へ、アタシは真上に大剣を振り上げたまま言葉を投げ掛けていく。
「どうやらアンタらは……上に控えるアイツに見捨てられたみたいだねぇ」
「そ、そんな馬鹿な、う、嘘ですよねロザーリオ将軍?……俺たちは、吸血鬼という新たな力でもう一度帝国のために……」
だが、教会の屋根の上から仲間である吸血鬼がアタシらに討たれていく様子を眺めていた当のロザーリオは。
その吸血鬼の必死の問い掛けに対し……ただ笑みを浮かべ、何も答えはしなかった。
「……アンタらの戦争も、ようやく終わりだよ」
そんな哀れな最後の吸血鬼へと、アタシは真上に掲げた大剣を両手で握ると。渾身の力を込めて、犠牲者の頭頂部へとその刃を振り下ろしていった。
最後の一体もアタシの足元で青い炎を上げて燃え尽き、滅びを迎えていく。
すると扉が開いた教会の奥、アタシも見知っている子供らが倒れている礼拝堂で、もそもそと動く影を見つける。
「むー!……むむむー!むむ……ぷはあ!ぱぱあ!ぱぱあ!あず、ここーっ!ぱぱあー!」
その影の正体とは、妖血花だった。
どうやらじたばたと動いた事によって口を塞いでいた布か何かが取れてしまい、こちらを見て大きな声をあげる妖血花。
「ほら、うちの娘が呼んでるわよ、アズリア?」
いつの間に背後にいた師匠がアタシの背中を叩いて、妖血花の所へと急かしてくる。
そう言えば師匠がここまで付き合ってくれたのは、大樹の精霊の魔力を持って生まれた妖血花を助け出す筈だったような。
一方で、倒れていた子供らの顔色も徐々に生気が戻ってきていたのを見たエルが、顔を綻ばせて教会へ駆け寄っていくが。
「おっと、残念だが。まだ手前ぇらに目的を果たさせるワケにゃいかねえんだよ」
教会の入り口へアタシらが入るのを邪魔するように、先程までいた屋根から飛び降りて、扉とアタシらの間へと立ち塞がるロザーリオ。
「……く、くっくっく……ようやくだ、やっっとこの日が来たぜえ……漆黒の鴉ぅぅ……手前ぇに復讐を果たすこの機会を、なあ……」
エルや師匠には目も暮れず、唯一アタシだけに剥き出しの殺意を放ちながら。
恨みを連ねた言葉を吐き出して、腰に挿していた異国仕立ての曲刀を鞘から抜き放って、その凶々しい輝きを見せる黒い刀身を見せつけてくる。
「……もう罠も小細工もねぇ。俺が望むのは漆黒の鴉、手前ぇとの一騎討ちだ。手前ぇに勝つ……そのためだけに俺は死の淵から蘇ってきたんだからよう……」
今度はロザーリオが、アタシを挑発してくる。
多分、教会にやってきた時にアタシがロザーリオに吐いた挑発をやり返しているのだろう。




