59話 アズリア、不意討ちとその対策
アタシは教会の前で、さらに挑発を続ける。
「それとも……ここまでアタシに喧嘩を売っておいて、まだ隠れんぼをしたいってなら付き合ってやるけど……帝国軍人ってのも、随分と腰抜けなんだねぇ?」
さすがに「腰抜け」扱いされたのが、余程腹に据えかねたのだろう。
教会の建物から現れるのは、足早に帝国軍の鎧兜を身に付けた連中だった。その全員が吸血鬼化しているのだろう、眼は赤く光り、腕には先程アタシと戦った奴等と同じ黒い甲冑を纏い、すっかり準備を済ませていたが。
そこには、あの神経質そうな細身の男と妖血花の姿は見えなかった。
アタシは念の為に、周囲を警戒する。
頭の中にあるこの男の記憶を辿り、ある事を思い出す。
ラクレール郊外での紅薔薇軍との戦闘でもそうだったが、確かあの男は兵士らを囮にした罠を仕掛けていた、その記憶を。
「……感じたッ!……そこだねッッ!」
アタシは予め拾っておいた石に、地面に着弾すると爆発するように「ken」の魔術文字を刻んでいく。
直後、その石をアタシはガサリ……と音がした気配がした方向へと投擲していくと。
「なっ⁉︎……ぐわぁあああああ!」
やはり伏兵が潜んでいたようで、隠れていた男が石が直撃した痛みと気配を察知された驚きの声をあげると。
次の瞬間、石に刻んだ魔術文字が発動して起こる爆発に巻き込まれた男の絶叫が響く。
だが、その爆発とは違う方向。
今にも崩れそうな教会の屋根から聞こえてくるのは、人を小馬鹿にしたような男の笑い声だった。
屋根に立っていたのは、記憶にあったのと同じ帝国軍の将軍だった男、ロザーリオの姿。
「はははっ、やはり手前ぇは化け物だよ漆黒の鴉っ!だがなあ……ここは俺の勝ちだ!まずはお前の連れの生命を貰っておくぜ!」
「撃ち殺してやるぜ────呪魔弾っ!」
アタシらが全員、ロザーリオの声がする教会の屋根に注意が向いたその時。
伏兵の背後にもう二体、念入りに影の中に潜んでいた吸血鬼が暗黒魔術を発動させる。
その作成された二発の攻撃魔術はアタシではなく、アタシの背後にいた師匠と、そして……エルへと解き放たれていく。
まるで勝ち誇ったような、片側の口角を上げた下卑た笑みを浮かべるロザーリオだが。
「……この後に及んで余裕の笑みかよ、漆黒の鴉……気に喰わねぇなあオイ!」
そう、アタシは笑っていた。
何故かって?……この男は知らないのだ。今狙いを定めた相手が誰なのか。
そして……自分が喧嘩を売った相手が、一体誰なのか、を。
「きゃあああ……って、え?……あれ?無傷?」
不意に魔法を放たれ、避けられないと思ったエルは咄嗟に目を閉じてしまい、叫び声を上げながら身を屈めていくが。
飛んできた「呪魔弾」で作成された黒い魔力の塊は、エルに直撃する前に何か透明な壁に衝突したように砕け散り、霧散していく。
「な、何だと、あれは……防御魔法?だ、だが、この瞬間ならたとえ無詠唱でも発動が間に合うはずがないっ!」
その通りだ。確かに、不意を突かれた敵の魔法に合わせて、エルを守る防御魔法を発動させるのはアタシも、そしてエル本人すら不可能だろう。
ならば何故、魔法を弾くことが出来たのか。
その種明かしは先程、村長を蘇生させていた時にエルの頭を撫でたやり取りの中で。
アタシは、あの地底湖の湖底に沈んでいた遺跡の内部の壁画で見つけた、もう一つの魔術文字である「yr」を彼女に描いておいたのだ。
こんな事が絶対に起きると想定して。
「我は赤檮に誓う。全てを護る盾よ────yr」
闇の魔力を弾いたのは、この魔術文字が敵の攻撃に反応して発動し、エルの周囲を囲った魔力の防壁なのだ。
そしてもう一体の吸血鬼が放った攻撃魔法だが。それに関しては、何の心配もしていなかった。
だって、可憐な少女に見えるのかも知れないが。
師匠は、あの大樹の精霊なのだから。
「あらアズリア?私は護ってくれないなんて、悲しすぎるわあ、しくしく……なんてね」
右手をサッと上げた師匠が指をパチン!と鳴らすと、黒い魔力塊が空中で弾けて消える。
「……は?な、一体……今、何をした?」
「いい攻撃だと思うわ……尤も、私とアズリア相手じゃなければ、だけど」
そう言い放ち、もう一度指を鳴らしてみせる。すると、同じような緑色の魔力塊が師匠の目の前に生み出される。
ただし、その魔力塊の大きさは「呪魔弾」よりも遥かに大きいのだが。
「精霊たる私に攻撃を向けた報いを受けなさい」
不意を突いた二体の吸血鬼へと、緑色の魔力塊が放たれ。
防御手段もなく直撃を受けた相手は、断末魔も、そして身体も残さず、その場から消えてしまったのだった。
「呪魔弾」
魔族や上位の亡者が、自分の歪な魔力を単純に放出、圧縮して対象へと撃ち出す暗黒魔術の基本的な攻撃方法。
通常魔法でいうと一般魔法と初級魔法の間くらいの難易度でもある、簡単な魔術のため、上位の魔族などになると無詠唱どころか魔術だと意識せず使用する場合が多い。




