54話 アズリア、村の様子に愕然とする
泣き崩れたエルの様子が少し落ち着いてきたのを見計らって、エルの腰を掴んで立たせると。地面に膝を突いたことで汚れてしまった服の泥を払ってやる。
「……とりあえず村に行こうか、エル。師匠はああ言ったけど、もしかしたら何処かに隠れてる村人や子供らがいるかもしれない」
アタシの提案に、まだ言葉が出せる程落ち着いてはいないが、何とか首を縦に頷いてみせ。
まだ動揺して足元が覚束ないエルへ屈んで背中を見せて、アタシの背中におぶさるように勧めていく。
……背中から伝わってくるエルの身体の震え。
こんなに彼女を脆く、危うく感じたのは一緒に旅をして初めてのことかもしれない。
だから……その震えを感じ取るたびに、アタシは震えの元凶である、まだ姿を見せない吸血鬼連中への怒りを滾らせながら。
村へと向かう足を、徐々に早めていった。
師匠はアタシらについて来る気配がないが、師匠が動かないのも何か考えがあっての事なのだろう。
それに、たとえ吸血鬼に襲撃を受けたところで心配は無用だ。
「ふぅ。まったく……最後まで話を聞かないところは全然変わっていないのね。まあいいわ、多分……自分の眼で確認したほうが理解も早いと思うし」
転送された場所から村までは、筋力増強で加速したアタシの脚ならば、三回呼吸をする間には、到着する。
アタシが知っている村の入り口へと。
「な?……何だい……この、状況は……!」
「あ、アズリア?な、何で目隠しするの?」
アタシは咄嗟に背後から村の様子を覗き込もうとしたエルの顔を、視界を塞ぐ目的で手で覆っていた。
それもその筈だ。村人らが身動きする様子どころか、呼吸のために胸が上下している様子すらなく、村の至るところで倒れていたのだから。
広場には村長のゴードンの姿があるが、他の村人と同じく息をしていない。
こんな様子をいきなりエルに見せられるか。
「エル。アタシがこれから覆った手をどけるけど……心を強く持ちなよ。辛くなったら目を逸らしてイイんだからね」
「……さっき、精霊様から結末は聞いたから、大丈夫よ……うん、多分っ」
アタシの警告に、エルの唾を飲み込む音が聞こえる。そんな彼女の心の覚悟を信じて、視線を隠していた手を退けた。
その残状を目の当たりにしたエルは予想した通りに口に手を当て言葉を失っていたが。
師匠から全滅したと聞いた時とは違い、背負っていたアタシの背中から飛び降りると、倒れている間近の村人へと駆け寄っていった。
「……意識がないだけで、息が止まっているだけで、まだ死んだって決まったわけじゃないっ!治癒術魔法を使えばまだ間に合うかもしれないっ!」
エルは先程までアタシの背中で震えていたのが嘘みたいに毅然とした態度で、何か言葉を小さな声で呟き始める。
「……大地に満ちたる生命の息吹よ、我が手に集え……」
それが、魔法の詠唱だと気づき。
倒れていた村人の身体の前で、両手で大地母神イスマリアの聖印である「人間の心臓」を描いていくと。
エルの周囲が淡い光に包まれていく。
「闇に沈みし意識を、慈愛を以って癒し……闇の中から目覚めよ……躍れ、その生命の鼓動……」
そして……長い、長い詠唱が終わる。
エルほどの神聖魔法の使い手がこれだけ長い詠唱をした事が、発動させる治癒魔法が強力なモノなのを物語る。
「お願い!蘇って!────霊魂治癒っっ!」
エルの両手に集っていく暖かな光が、倒れた村人の身体へと吸い込まれていく。
それは、超級魔法級の治癒魔法。
アタシがロゼリア将軍との戦いで炎魔法の直撃を喰らい、それでも無理やり動かしていたために駄目になった左脚を治癒した魔法よりも高度で強力な回復効果を及ぼす魔法である。
これで目覚めなければ、本当にここの村人らは吸血鬼連中に全滅させられたことになる……のだが。
治癒の光が消えた後も、村人は目を開かない。
治癒魔法は対象の怪我や損失が大きい程、回復効果が発揮されるのに時間を要する。しばらく待ってはみたものの……村人は身動きも、胸の上下すら微動だにせず、魔法が発動する前の状態から何の変化も見られなかったのだ。
「そ……そんな……それじゃ、やっぱり……」
心理的な衝撃と魔力の消耗もあるのだろう。フラフラと後ろに倒れそうになるエルの身体を、アタシが倒れないよう受け止めてやる。
それにアタシは、彼女の身体を受け止めながらも、今エルが発動した治癒魔法が発動しなかったことに、実は心底ホッと安堵していたのだ。
治癒魔法というモノは、万能の「癒し」ではない。
簡単な治癒魔法ならば、代償は術者の魔力だったり回復する対象の体力だったりで相殺されているため、あまり問題にはされないのだが。
失った肉体を再生したり、瀕死の人間を死の淵より呼び戻す程の強力すぎる治癒魔法の場合はそうはいかない。代償が術者の魔力容量を上回った場合、生命力や寿命、もしくは術者の肉体の欠損などを招く可能性があるのだ。
「……エル。あれだけの治癒魔法を使って、意識が戻らないんだ。やっぱり村の皆んなは吸血鬼の連中に────」
「死んでは……いないわよ」
あらぬ方向から聞こえてきたのは、師匠の声だった。
「し、師匠っいつの間にっ!」
「そ、それより死んでないってどういう事ですか精霊様っっ!」
いつ追いついたのかも不思議だったが、それよりもアタシもエルも、師匠が言い放った言葉の意味が知りたくて、思わず声を上げてしまった。
「それを話す前に、まずは倒れてる人間の首筋を見て御覧なさい?」
師匠に指摘された箇所、すなわち村人の首筋を注意深く覗いていくと。
見つけたのは……二つの小さな刺し傷だった。
それは、喩えるなら毒蛇に咬まれたような、そんな刺し傷であった。
「霊魂治癒」
普通の治癒魔法は、負傷者当人の魔力や体力を少なからず消耗させて負傷を回復する仕組みなのだが。
この神聖魔法は、周囲の大地や植物から生命力を借り受けて負傷者当人の消耗無しで身体の損傷だけにとどまらず、霊魂や精神の復元や治癒を行う治癒魔法の最高ランクであり。
通常魔術で言えば超級魔法級に位置する。




