53話 アズリア、辺境の村へ再び
早朝。ヴァルナ大聖堂の前では。
辺境の村ホルサへ向かうために、アタシはランドルに預けておいた旅の荷物を受け取って支度を終えて。
同じく旅支度を済ませたエルと一緒に、師匠を待っていたのだ。
「しっかし……同行するエルはともかく、何で一緒に行かないアンタ達まで集まってきたんだい?」
そう。
何故か、大聖堂の前には同行相手に選ばなかったユメリアや怪我人のノルディアとリュゼ。それに荷物を預けていたランドルまでが集まっていたのだ。
「……そりゃ勿論アズリア、お前さんを見送るためだろうが。もう少し嬉しい顔をしろ?」
「あたっ⁉︎……見送りって、アタシは吸血鬼倒して拐われた妖血花を取り返してくるだけだよ?」
集まった皆んなを不思議そうに見渡していたアタシの額を指で弾いてみせるランドル。
ちょっとした不意打ちに驚き、弾かれた額をさすりながら恩着せがましく話すランドルに反論するアタシ。
「アズリア様のことですから、吸血鬼には遅れを取らないとは思いますが」
「あ、アズリア様とな、並んで、た、戦いたかったですが……し、仕方ありません、がが……頑張って下さいっ」
「王都でただ勝利の報告を待つだけ、というのも退屈ですが。アズリア……無事を祈ってますよ」
アタシを心配して激励の言葉をかけてくる三人だが、こちらとしては三人の体調のほうが心配だったりするのだ。
後からヴァルナ大司教と師匠から聞いた話だが、今こうやってピンピンしているリュゼとノルディアの二人だが。
ここ大聖堂に運ばれてきた時の二人は、酷い出血と四肢の欠損でいつ生命を落としてもおかしくなかった程の重傷だった、と聞いた。
そして。その治療でユメリアも魔力をだいぶ消耗したのだろう、普段通りの振る舞いで誤魔化しているが一晩睡眠を取ってもあまり回復はしていないようだった。
そう考えれば、同行する相手に三人を選ばなかったのは我ながら正解だったと思う。
「はいはい。それじゃアズリア、それにエルも。私の近くに寄って、肩なり髪なりに掴まってて頂戴ね?」
「わかったわ、精霊様っ」
……あれ?
師匠がアタシ以外の人間のことを名前で呼ぶなんて珍しい事もあると思ったが。名前を呼ばれたエルもエルで、昨晩はあれだけ師匠に余所余所しい態度だったのに。
「えっと……あのさ、師匠とエル。二人して昨日の晩に……何か遭ったのか?」
「「ふふっ。さあ?」」
そんなアタシが抱いた疑問に、二人は涼しげな顔で笑いながら一度互いに目を合わせると、口裏を合わせたかのように声を重ねて答えたのだった。
「それじゃあいくわよ────樹霊転送門」
大樹の精霊がいつの間にか手に握っていた古ぼけた木の杖で足元を二、三度叩くと。
周囲の四箇所から生えてきた植物の蔓が、アタシたちを球状に包み込むように伸びていき、緑色に輝いた地面へとズブズブと沈んでいく。
自分の身体が光に飲まれる感触。
それはアタシが初めて師匠に招かれて精霊界への門をくぐった時と同じ感触だが。
隣にいるエルには初めての感触なのだろう、肩が震えてるのが見て取れたので。
「大丈夫だよエル。アタシがついてるから」
アタシは震えるエルの肩をギュッと抱いてやると、それに安心したのか震えが止まっていた。
そのままアタシらは魔法の蔓に包まれて、地面に完全に沈み込むと、視界一面が緑の光に染まる。
やがて光が収まり、視界が元に戻っていくと……アタシらの眼前に広がっていたのは、先程までいたヴァルナ大聖堂前の広場でも足元が石畳でもなく。
見た記憶のない開けた平地。
その先に見えるのが、ホルサ村だろう集落。
「……ほ、本当に、あっという間に……王都から村まで馬車なら10日は掛かる距離を……す、凄い、凄すぎるっ?」
「……確かに、あの半分傾いた教会は確かにエルが熱を出してた教会に間違いないねぇ……」
アタシが辺境の村を帝国軍から奪い返した後、あの倒れかけの教会でエルが熱砂病で倒れていたのを治療したことから始まったのだ。
「……二人の反応を見れば、どうやら間違わずにホルサ村とやらの近くに転送出来たみたいね」
朝だから食事の準備をしているのだろう、村の建物からは火を起こしている煙が立ち上っていた。
だがあの煙……何処か様子がおかしい。
それに風に乗って漂ってきたのは……血の匂い。
「それじゃ急いで村に行くわよアズリアっ、教会の子供たちの顔が早く見たくて見た────」
「悪いエル。でも、ちょっとばかし待ってくれ」
「ええ。どうやらあの娘を拉致した連中は、この村の人間を皆殺しにしたようね」
村に駆け出そうとしたエルの手首を咄嗟に掴み、それを阻止したアタシは背中の大剣に手を伸ばす。
師匠も村の違和感……いや異変にアタシよりも先に気が付いていたようで。しらっと口を開き、絶望的な言葉をエルへと投げかけた。
「……え……は?……み、皆……皆殺し……?」
エルはそんな師匠の言葉が信じられないのか、アタシへと振り向いてその言葉を否定してもらいたかったのだろう。
だが、アタシは師匠の実力や魔力が人間を雄に超えている事を理解している。そんな師匠が「皆殺し」だと判断したなら、きっとそれは間違いないのだろう。
アタシは、エルに向かって首を横に振った。
「……そんな……そんな事って……もう戦争は終わって、これからみんなで幸せになるハズだったのに……う、うう……うわああああぁぁぁぁああああああっっ……」
その場で崩れ落ちるように両膝を突いて身を屈めて大声で泣き出してしまうエル。
そんなエルに駆け寄ろうとしたアタシだったが、ふと足が止まってしまう。
この残劇の原因が、アタシなのだと思うと。
結局アタシは……そんな彼女を慰めることも出来ず、ただ号泣するのを見守るしか出来なかったのだ。
「樹霊転送門」
世界全体に根を張り巡らせているとされる世界樹を辿り、世界のありとあらゆる任意の地点へと移動することが出来る樹属性の最高位、遺失魔法の一つである。
故に大樹の精霊しか使い手のいない魔法。
もちろん世界中任意の地点といっても、術者が頭に浮かべられない場所や世界樹の根が張られていない場所には当然ながら転送させることが不可能である。
現在、古き契約でシルバニアの地から離れられない大樹の精霊は、設定出来る地点がかなり限定化されている。
余談だが。
三章でアズリアが危機に陥っていることがわかっても大樹の精霊がかの戦場に現れられなかったのは、アズリアに与えた「契約の指輪」に込められた魔力がまだ弱いからである。




