51話 アズリア、村への同行者を選ぶ
吸血鬼に拉致された妖血花の居場所を示す赤い光は、ここ王都から遥か南にあるホルサという辺境の村落に止まる。
そう、このホルサ村とは。
アタシがこの国で初めて訪れた村であり、エルの孤児院を兼ねた教会がある場所でもあった。
「案外と王都から離れた場所ね……アズリアに背負ってもらうには丁度良い距離なんだけど、ちょっと時間がかかり過ぎるわね」
妖血花の探知を終えた師匠が、本気なのか冗談か区別出来ない事を言いながら腕を組んでアタシへと声を掛ける。
すると、聖堂の奥からドタドタと慌しく踏み鳴らす足音と一緒に、痛々しく頭や腕に包帯を巻いたリュゼとノルディアが顔を出す。
「アズリア、申し訳ない……お前に彼女らの事を頼まれておきながら、むざむざと敵の手に拉致されるとは……」
「そ、そうですあ、アズリア様っ!……む、向こうの吸血鬼にや、やたら腕の達者な個体が……」
責任感の強いリュゼは、アタシの前に出るなり怪我した身体のまま、その場で膝を突いて頭を下げてくるが。
続くノルディアの言葉にあった「腕の達者な吸血鬼」が気になった。
果たしてその吸血鬼も……先の戦争でアタシに倒された恨みを抱いたまま、再び復讐の爪を研いで蘇ってきたのか。
「なあ、ノル。その吸血鬼は……名前を名乗ってなかったかい?」
「あ……は、はいっ。た、確か……ろ、ロザーリオと」
「ロザーリオ……その吸血鬼はそう名乗ったんだね、ノル?」
「え、は、はいっ!た、確かにロザーリオと」
その名前を聞いてアタシは一度ノルディアに聞き直すが、答えは同じ名前だった。
そして、その名前を聞いて反応をした人物がこの場にもう一人いた……あの時、戦場に傭兵団の連中と一緒に駆け付けてくれたエルだ。
「ねえアズリア?……ロザーリオって言ったら、確か最後の決戦で卑怯な罠を使ってた、あの紅薔薇軍の将軍よね?」
「……ああ。間違いない、そのロザーリオだよ」
それは、ホルハイム戦役の勝敗を分けた王都とは別の、もう一つの決戦で。
王都から派遣されてきた紅薔薇軍を率いる三人の将軍の一人、それが話題に上がっているロザーリオだった。
エルの言う通り、アタシを罠へ誘い込んで背中に傷を負ったのは事実だが、それを卑怯とは思ってはいない。
それよりもアタシが印象に残っているのは、傭兵団長のトールと凄腕の隠密だったオービットが二人がかりでようやく対等に渡り合えていた程の剣の腕前と。
異国仕立ての曲刀を振るう、あまり馴染みのない変則的な剣術を用いる強敵だという記憶だ。
「……なあアズリア。余計な申し出かもしれないが、あの娘を救出に行くのであれば……私を連れて行ってはくれないか?」
アタシが過去の記憶を辿っていると、まだ床に膝を突いていたリュゼが伏せていた頭を上げ、自分を同行させて欲しいと懇願してきた。
「そ、それならばっ!わ、私も……に、二度と同じあ、相手にはお、遅れはと、取りませんっ!で、ですから連れて行って下さいあ、アズリア様っ!」
「か、回復要員は絶対に必要になりますわっ。それなら私がアズリア様のお力添えになれれば……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!だって……あの娘はわたしの身代わりに拐われたのよっ!……だったら、わたしが行かなきゃ誰が行くってのよっ?」
それを聞いたノルディア、ユメリア、そしてエルが目の色を変えて次々に同行を求めて迫り寄ってきたのだ。
アタシと師匠だけなら、師匠の身体を背負ったままで筋力増強の魔術文字の魔力を全開にすれば、丸一日走り続ればホルサ村には到着出来るのだが。
さすがに大聖堂にいる全員を引き連れて向かうとなると、移動手段はどうしても馬車になるだろうし、馬車では時間がかかり過ぎる。
「な、なあ……助けてくれよお、し、師匠おぉ?」
アタシはにじり寄ってくる四人の圧力に困り、助けを求めようと師匠へと視線を向けると。
そんなアタシの返答に困る様子を見て、ニヤニヤした笑みを隠すことなく浮かべていた。
……そうだった。
久々の再会なので忘れていたが、大樹の精霊はアタシを困らせるのが大好きな加虐嗜好なのだ。
「……んふふふ。久々のアズリアの困り顔を堪能させて貰ったから、そろそろ助けてあげるとしましょうか」
にやけた笑顔のままの師匠が、やれやれといった感じで肩をすくませると。
アタシと迫る四人の合間に入ってきて。
「残念だけど、私が魔力で場所を転送出来る対象には限界があるわ。皆がアズリアを慕ってくれるのは嬉しいけど、連れて行けるのは一人が限界」
この中の一人だけを選択して連れて行く。
となると、アタシの答えは決まっていた。
「それじゃあ……エル。アンタにお願いしてもイイかい?」
アタシからの返事を待っていた四人の中からエルを選び、彼女の目の前にアタシは手を差し出していった。
何故、エルを選択したのか。
戦争を終わらせるために、アタシの旅や治療に同行して貰った以上は、孤児院のあるホルサ村まで送り届けてあげなければと常々思ってはいた。
もし、吸血鬼連中との決着がついたら、そのまま村へ帰すことも出来る、と思ったからに他ならない。
だが、エルは顔を真っ赤にしながら伸ばしたアタシの手を握り……握り?
あれ、エル、ちょっと握りが強くない?
「も、もうっ……しょ、しょうがないわねアズリアってば……わたしがいないと駄目なんだからっ」
「ほらほら、同行する人間も決まったなら出発は明日の朝よ。今夜はもう遅いしアズリアも他の人間も……しっかり睡眠を取りなさい」
この場を完全に仕切り始めた師匠が両手を叩きながら近づいてきては。
まだ強くアタシの手を握ったままのエルを、少し不機嫌になりながら無理やり引っぺがしていくのだった。




