49話 アズリア、帰還した王都で見たのは
王都に到着したアタシは、城壁の正門へと向かう。こんな夜も更けた時刻では門が堅く閉ざされているのは当然承知はしているのだが、残念ながら他の入口を知らない。
さすがに門が開く朝まで待つ気などない。
筋力増強の魔術文字を使えば城門を強引にこじ開ける事も出来なくはないかな?……と、城壁の前で腕を組んで物騒な事を考え込んでいると。
「あの……もしかしたら、あなたがアズリア様でよろしかったでしょうか?」
「そうだけど……アンタは誰なんだい?」
「あ、申し遅れました。私は本日、正門の警備を任されている騎士でリンツといいます」
そんなアタシに声を掛けてきたのはどうやら身に付けた装備から城門を護衛していた門番かとおもったが。
どうやらそうではなく、騎士のようだった。
「国王陛下より、アズリア様が到着したら王都内へ案内をするよう仰せつかりましたので、早速ですが、こちらへどうぞ」
リンツと名乗る騎士に案内されたのは、今アタシたちがいる正門から少し城壁に沿って歩いた場所であった。
この辺りの城壁の表面を彼が念入りに調べながら、とある煉瓦の一つを押し込んでいくと。城壁に人が一人程通れそうなくらいの隠し扉がアタシらの目の前に現れるのだった。
「今は緊急事態だと国王陛下より聞いておりますので、この事は他言無用に願います、アズリア様」
その隠し扉を開けながら、リンツが指を一本立てて唇に当てて、隠し扉を潜るアタシへと釘を刺してくるのだった。
考えれば、ここは王城のある王都だ。
今回のホルハイム戦役のような王都での籠城戦があった際に、この隠し扉が知られていたら……と想像したらリンツの懸念は当然だろう。
内側の通路は簡素な一本道となっていたが。その一本道を歩きながら、アタシは出口へ出るまでにリンツへと吸血鬼らの襲撃の詳細を尋ねた。
「なあ……吸血鬼に深傷を負わされたって聞いたんだけど、その負傷者は一体どこで治療受けてるんだい?」
「リュゼ様と客将の方は現在、東地区のヴァルナ大聖堂に運ばれてそこで治療を受けております」
ヴァルナとは月と生死を司る男性神であり。
この国では大地母神イスマリアと並んで五柱神の中で人気の高い神様となっている。
「そうかい、ノルやリュゼたちは大聖堂にいるんだね?」
「え、いや……あ、アズリア様っ?い、一体何を……うわあっ⁉︎」
早くノルディアとリュゼの無事を確かめたい。
負傷した二人の正確な居場所が聞けたことで、今まで何とか冷静を装い我慢していた心の箍が外れてしまう。
見えてきた出口に案内役のリンツを押し退けて飛び出していくと、東の市街地へと筋力増強の魔術文字を発動させた状態で全力で駆け出してしまうのだった。
「リュゼ……それにノル……頼むから、二人とも無事で……無事でいてくれよっ……エルが拐われたってだけでも堪えるのに、二人に何かあったら……アタシ、アタシっっ……」
深夜の、誰も歩いている者のいない大通りを駆け抜けながら。アタシのせいで深傷を負った二人を思いながら、唇を噛み締める。
王都の中央に鎮座する立派な王城を除けば、ホルハイムの王都とはいえヴァルナの聖印である「欠けた月」を掲げた大聖堂に匹敵する程の大きな建造物は少ない。
行き先に迷う懸念が不要なら、案内役の足では寧ろ到着が遅くなると判断したのだ。
それに言い方は悪いが、大聖堂に匿われているのならばこれ以上吸血鬼からの追撃を受ける事は絶対にない。
吸血鬼が敵ならば、これ以上安全な場所はないとすら言える。
「はぁ……はぁ……り、リュゼっ!ノルっ!二人とも……無事かいっ?」
ヴァルナ大聖堂に辿り着いたアタシは、その閉ざされた扉を勢いよく開けて、切らした息を整えることもせず聖堂の中へと踏み込んでいく。
そんなアタシを出迎えたのは────
「アズリア様っ!もう戻ってくるなんて……流石に早すぎて驚いてしまいましたわ……」
「あ、アズリアっ!大変よっ、妖血花のあの娘が……って。どうしたのよアズリア……」
ユメリアと……エルだった。
ちょっと待て。旧市街地に来たサイラスの話では襲ってきた吸血鬼に、エルが拉致されたと聞いてたんだけど。
「あれ?……いや、アタシはエルが連中に拐われたって……え?えええ?」
「吸血鬼に拐われたのは妖血花のあの娘よっ!」
拉致されたと聞いていたエルの顔を見て呆気に取られているアタシに、エルがさらに言葉を続けていく。
「……あの連中、あたしの名前を呼びながら、あの娘を連れ去っていったのよっ……ど、どうしようアズリアっ……う、ううぅ……」
どうやらエルの説明では、彼女と妖血花は背丈が同じぐらいだったのが災いして、彼女の身代わりとなって吸血鬼に間違えて拉致されたらしいのだ。
自分の代わりに拉致されたことが影を落としているのだろう、説明しながらエルは泣き出し、狼狽してしまっていた。
「いや、アタシもどうにかしたくて急いで遺跡から戻ってきたけどさ……連中が何処にいったのか見当も付かない以上動きようがないねぇ……」
そんなエルの頭を撫でて慰めてはみるものの。
現状、アタシには連中に対して打つ手がなく、アタシへ手を出してくるのを待たなくてはならないのもまた事実だ。
まさに八方塞がりなアタシへと。
唐突に聖堂の奥から掛けられた澄み切った声。
「────方法ならあるわよ、アズリア」
 




