48話 アズリア、復讐の連鎖
今回は最初、ガイン視点から始まります。
吸血鬼ガインは、困惑していた。
構えた大楯での初撃を完全に受け止められ、膠着状態を離脱しようにも、もう片腕に持った槍の攻撃範囲にアタシを捉えるにはあまりに内側すぎ。
力勝負で押し切ろうにも大楯はアタシが楯を掴んだまま、懸命に力を入れても動く気配はない。
残された打開策は、楯を手放して距離を取る。
そんな事はガイン当人も理解していた。
だが、それは明確に目の前にいる漆黒の鴉に敗北を認めることになる。一度は死してなお、新たな力を得て復讐相手に再戦を果たすことが叶いながら……二度目の、そしておそらく最後の敗北を自らの手で認めるなど、出来るわけがない。
「ぐうぅぅぅ……俺は、俺はっ……女ごときに、二度も敗けられんのだああああああ!」
「……残念だったね。今のアタシは吸血鬼なんかに構っている暇はないんだよ……ッッ!」
眼前の漆黒の鴉の赤く光る右眼がさらに強く輝きだすと、構えていた大楯ごと、俺の身体が後ろへ後ろへと押し込まれていく。
な、何なんだ、吸血鬼を遥かに凌ぐこの膂力は?
「ぐああっ?……な、なん、だとぉ……吸血鬼になって強化された俺を楯ごと、お、押し返す……だとおおぉぉおおっっ?」
次の瞬間だった。
俺の脚が地面から離れて、身体は宙を舞い、目の前にいた漆黒の鴉が徐々に遠ざかっていき。
いつの間にか視界に映っていたのは、月だ。
遅れて、背中一面にドスンと固いものが当たる衝撃が伝わってきた……それが、俺が吹き飛ばされ地面に転がされたのだと認識した時には。
「……終わりだよ、吸血鬼」
漆黒の鴉が勝ち誇った顔を浮かべて、俺の身体を足蹴にしながら、首筋にふざけた大きさの剣先を当てていたのだ。
「最後に聞かせてもらうよ。アンタら戦死者を吸血鬼に変えたのは誰だい?……エルをどこに連れて行ったのか……そして、吸血鬼の目的は?」
「……帝国軍人として、貴様の質問に答えることは出来ん。が、目的だけは話してやる」
俺を吸血鬼に変えた男からは、別に口止めなど命令されてはいないのだが。
「……俺たち吸血鬼として蘇った帝国兵の目的は……漆黒の鴉、貴様だよ。蘇った連中のほぼ全ては貴様に生命を奪われた者なのだからなぁっ!」
二度も敗北した挙句に素直に口を割るなど、騎士の誇りが許さないのだ。
せいぜい、探し回り彷徨い続けるがいい。
「……そうかい。一度死んでゆっくりしとけばイイのに、わざわざ二度も殺されに蘇るなんてご苦労なコトだねぇ……さて、と」
女がこちらに冷たい視線を送りながら。
剣先を下向きに構えたままの体勢で、大剣をゆっくりと持ち上げていくと。
「それじゃ……今度こそお別れだね、永久に」
「……一足先に待っているぞ。はっは────」
その剣先が断頭台のように首筋に落とされていき、目の前が真っ暗になり俺の意識はそこから途絶えた。
目の前で首を両断し、青白い炎を上げて燃え尽きていく吸血鬼ガインの身体。
アタシは倒れたままの二体の吸血鬼に同じく大剣を突き立てて、トドメを刺しておいた。
他の七体はラクレールで襲撃してきたのと同じ、隷属種と呼ばれる吸血鬼の中でも一番弱い分類の奴で間違いないだろうが。
ガインだけは会話が出来たことから、隷属種よりも上位の吸血鬼だったのだろう。
それだけに。
「……エルの居場所が聞けなかったのは痛恨だけど、あの連中の目的がやっぱりアタシだってのが判明しただけでも良しとするかねぇ」
あの吸血鬼連中が、このガインのように帝国兵が蘇ったのならば。敗戦を受け入れずにもう一度この国に混乱を巻き起こすのが目的かと思ったが。
どうやら現時点ではアタシのみを目的としているのが、不幸中の幸いというやつだ。
尤も、既にアタシの周囲にいたノルディアやリュゼ、ユメリアに……エルに多大な迷惑を掛けてしまっていたのだが。
「だいぶ足止めを食っちまったけど、これ以上吸血鬼連中の襲撃を受けても時間稼ぎされるだけだし、王都へと急いだほうがよいかもしれないねぇ」
王都から来たサイラスが言っていた。ノルディアやリュゼが吸血鬼の襲撃で深傷を負った、と。
アタシはその報告を聞いた時に違和感を覚えた。
ノルディアはつい昨日。王城内の鍛錬場で模擬戦を行いアタシと痛み分けになる程の剣の腕前の筈だ。
リュゼの戦いぶりは、スカイア山脈で飛竜と相対した時に観察していたが。確かに癖のある変わった武器を使ってはいたが。相当な腕前だったのは記憶にある。
そんな二人がいくら多勢に無勢でも、隷属種の吸血鬼ごときに不覚を取るだろうか……?
先程、ガインが死に際に残した台詞と合わせて。
その疑問に対する解答は一つしかなかった。
「帝国軍の誰かが……上位種の吸血鬼として蘇った……?」
だとすれば。一体誰が蘇ったというのか。




