41話 アズリア、遺跡へ足を踏み入れる
あの黄金の勲章を見せてからというもの、やたらと遺跡へと案内してくれる騎士ら二人のアタシへの態度が良く言えば丁寧……なのだが。
悪く言えば、完全に警戒されてしまっていた。
「……おい。女性の将軍がいるなんて話、俺は寝耳に水だぞ」
「……しっ、聞こえるぞ。確か……帝国との戦争でラクレールで紅薔薇軍を退けた女傭兵・漆黒の鴉の噂、知ってるか?」
「……まさか、あの女性が?」
ソッと振り返り、背後から案内されているアタシを凝視してくる騎士ら。
その視線を受けて、顔を引きつらせながら愛想笑いを浮かべて手を振って返すと。騎士らは即座に視線を外して、先へと歩を進めていった。
最初は何故、わざわざ不便になる丘陵の上などに過去のホルハイムの人々は都市を建築したのだろうと不思議に思っていたのだが。
騎士らの後を着いていくと、この付近に並ぶ丘陵と丘陵の隙間を抜け、盛り上がった丘陵部分の内側にある窪地へと案内されていく。
「へぇ……丘陵の内側に都市が広がっていたんだねぇ。で、ここが旧市街地の遺跡ってヤツかい?」
すると、騎士らはとある石造りの建築物の一つを指差して。
「いえ。確かに旧市街地はこの場所で合っていますが……調査を命じられたのであれば、それはきっと地下にある遺跡の事だと思います」
「地下へは、あの建物から降りていけます。我々は遺跡へ入る事が許されていないので、案内はここまでとなってしまいますが」
歩みを止めた騎士たちが指し示す地下遺跡の入り口へと向かうアタシは、すれ違い様に騎士らに声を掛けていく。
背中に背負った大剣を握り締めながら。
「ははっ、そうだよ。アタシが紅薔薇軍を追い払った傭兵……漆黒の鴉さ。そっちの騎士さんもコレで覚えてくれただろ?な?」
先程アタシの事を知らなかった騎士だけでなく、二人とも目を大きく見開いた顔のまま、首をコクンコクンと何度も縦に頷いていた。
そんな呆けた案内役の騎士らを置いて、石造りの建築物の中へ入ると、同じく石で出来た下へと続く螺旋状の階段があるのみだった。
建造物の中は亀裂から光が差し込み、まだ視界を確保出来たが、階段を降りていくにつれて光が届かなくなり、視界が徐々に闇に閉ざされていく。
アタシは角灯を取り出して、その明かりを頼りに下へ下へと降りていくと。
「うわぁ……あまり気にしてなかったけどさ、周りの壁に描かれた絵って、もしかして……王様が倒したっていう魔神なのかねぇ……ぶるぶる」
そう。この螺旋階段の周囲には、魔神と思わしきモノが地を割り、大地を焼く様を描いた壁画が明かりに照らされて目に入ってきたのだ。
そのせいなのか。
階段を降るにつれ、アタシの周囲に漂う空気そのものが、冷たく、重く変わっていくように感じ、頬に一筋の嫌な汗が流れるのがわかる。
「ははっ……こりゃ確かに、王様がココを封鎖して、無闇に立ち入らせないようにした理由がわかる気がするねぇ……」
つい先程まで軽口を叩いていた気持ちは既になく、この雰囲気が教えてくれている「この遺跡には何かがいる」気配を察知するために、アタシは階段を降り切るまで。
下からだけでなく。壁画にも、そして螺旋状の上部にも注意を忘れなかった。結果から先に言えば、地下遺跡へと辿り着くまでは何も登場しなかったのだが。
一番下へ到着すると、螺旋階段を囲む壁画に開いた一つの出口から出て。アタシはようやく地下に広がる遺跡の全容を見ることが出来た。
そう。
旧市街地の地下には湖が広がっていて、今アタシがいる場所から、湖の真ん中に浮かぶ島にある神殿のような建造物まで石畳の道が続いていたのだ。
ただ、その湖はメルーナ砂漠にあるアズ湖の澄んだ水とは違い、茶色に濁り澱んだ湖水だった。
神殿のような建造物の建材も、地上の旧市街地にあった普通の石材ではなく。光沢のある漆黒の建材はまるで黒曜石のようだった。
普通に考えれば、道をそのまま歩いてあの漆黒の神殿風の建造物を調査するべきなのだろうが。
「アタシとしては、この湖が気にはなるんだよねぇ。さて……思いつきが上手くいけば、の話だけど……」
まずは試しにアタシは、広がる茶色に濁りきった湖面に指を一本沈めてみた。
すると……湖水に沈めた部分が焼けるような痛みに襲われ、慌てて湖面から指を引き上げると。指の表面が赤く焼け爛れていたのだ。
「うおぅ⁉︎……こ、こりゃ、まともな水じゃなさそうだとは思ったけど、コイツは痩せ我慢したら泳ぎ切れる、なんて水の類じゃないねぇ……」
アタシは湖面から引き上げ、赤く腫れた指にふぅふぅと息を吹き掛けて痛みを和らげようとする。
少しばかり痛みが緩和したら、いよいよ本番だ。アタシは火傷で敏感になったのとは別の指の腹を腰に挿していたナイフで少し切り。
流れる血で「lagu」、水を生み出す魔術文字を右手の甲に書いていき。
「我、生命の根源たる母なる水よ。lagu」
力ある言葉を唱えて魔術文字を発動させてから、先程と同じように今度は右手を丸々と湖面に沈めていった。




