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38話 アズリア、勇気を試される一口

 目の前に給仕された三品目(メインディッシュ)の皿の上に盛られていたのは。

 何と……生の、肉の細切れであった。そして、積まれた生肉の脇には玉葱や大蒜(にんにく)の細切れが添えられていた。

 そして、木籠に乗せられた大量のパンだった。


「最初は違う料理をお出しする予定でしたが、国王陛下がわざわざお訪ねになられたとあって。国王陛下の大好物であるこちら(・・・)を急遽出させていただきました」

「うむ。やはりわざわざ城を抜け出してまでこの店に訪れたならば、これを口にしないことには帰るに帰れないな」


 アタシは旅をしてきた経験から、獣肉を火を通さずに口にする機会は今まで幾度もあったので、皿に盛られた生肉を見てもそれ程驚かずに済んだのだが。

 アタシ以外は皆、一様に戸惑っている表情だ。

 あまり動物を食すのを好まない妖精族(エルフ)のリュゼなどは、この皿を見てあからさまに顔をしかめていた。


「な、なあ……アズリア。これは、ここから火を通す過程がまだあるんだよな……?」


 アタシをこの料理店への誘った筈のランドルが、隣の席からこの皿への疑問をぶつけてくる。

 その問いかけにアタシがどう返答するのかを、ランドルだけでなく。エルやユメリアらもこちらに視線を投げて注視していた。


 だからアタシは、皆の疑問を解消するために。

 皿に盛られた生肉に、脇に添えられた玉葱と大蒜(にんにく)を混ぜ込んでいき。


「ほ、本当に生のまま、食べちゃうの?」

「まあ、確かに普通なら肉に火を通して食べるんだけど、この料理は生で食べられるくらいに丁寧に捌いた肉をこのまま……こうして、パンに乗せて食べるんだよ、ほら」


 籠に盛られた焼き立てのパンを細かくちぎり、その断面によく混ぜた生肉をこんもりと乗せて、そのまま口に運んでいこうとすると。


「うわ?ほ、ホントに……食べちゃったっ?」

「だ、大丈夫なんですか?火を通さない生のままの肉なんかを口にして……」


 心配そうにアタシを凝視しながら、何度も大丈夫かと声を掛けてくるエルやユメリアだったが。

 それは要らぬ心配だし、第一この店の料理人に失礼だろう。

 アタシは口を開いて、生肉をパンごと放り込む。


「────ンンンンンンッッッッ⁉︎」


 思った通り、いや……それ以上の美味さだ。

 脂を丁寧に取り除いた生肉は、口に入れると生肉独特のねっとりとした舌触りと一緒になって、噛むほどに純粋な獣肉の旨味が口に広がっていき。

 生臭さや獣肉の臭みは、混ぜ込んだ玉葱と大蒜(にんにく)の細切れのシャキシャキした歯応え、そして鮮烈な香気が見事に消してくれている。


 何よりも、肉を生のまま食す最大の違いは……ねっとりとした食感から出てくる「甘味」だ。以前にも生肉を食す習慣のある場所で口にした生肉も、やはり甘かった記憶があるが。

 この三品目(メインディッシュ)はそれ以上だと断言出来る。

 

「ほ、ほら!生の肉なんて食べるからっ……大丈夫、アズリア?何なら解毒魔法でも……」

「あ、アズリア様?だ、大丈夫ですか?ま、まだ一口ですから無理せず口から出して……」

「美味ああああああああああいいいいッッッッ!」


 口の中にあった生肉を乗せたパンを飲み込んだ後に、アタシの喉の奥からは、自然とこの料理を讃える雄叫びにも似た声が漏れ出してしまっていた。


「ふはは、驚かせるつもりであったが。まさかこの料理を驚かずに、しかも堪能までしてくれるとは……やはりアズリア、お主は只者ではないのう。うむ、やはり……美味いっ!」


 それを聞いた王様は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、アタシと同じく生肉を山盛りに乗せたパンを口に運んでいた。


「ぱぁぱ、これ……うまいー!ふまひー!」


 そしてもう一人、妖血花(アルラウネ)だけはアタシの食べ方を真似しながら生肉を抵抗なく口にしていたのだ。

 だけど最後のはもしかして……アタシの真似?

 

「この三品目は、一品目にお出しした猪豚(ボーア)の肩肉の脂をしっかり取り除いて細切れにしたところに胡椒やその他香辛料(スパイス)を混ぜた、ホルハイムの北部の寒冷地で好まれる調理法となっております」


 王様が皆が驚く様を堪能したと判断したのか、店主がこの生肉料理の説明を始めていく。

 生真面目なリュゼやノルディアは、生肉に細切れの野菜を混ぜ込みパンに乗せる、までは終えているのだが……どうしても口に運ぶあと一歩の勇気が踏み出せないようだ。

 その様子を見た店主が、二人へと声を掛ける。


「無理をしないで下さい、お嬢様方。生肉を食べるのは抵抗があるのは当然です。そういった方へは、あらためて火を通した料理としてお出ししますので、残して下さって結構ですよ?」


 アタシや王様、そして妖血花(アルラウネ)以外の目の前に置かれた生肉料理を一度厨房で再調理するために、給仕らが皿を下げようとすると。

 ランドルが、給仕が生肉の乗った皿を下げようとするのを制して。


「い、いや……これがこの国(ホルハイム)の伝統料理というのであれば、この国へと進出しようとする商人が土地の料理を食わず嫌い、というのは、一商人としての沽券(こけん)に関わる」

「遠回しな言葉だねぇ、つまり……生のまま食べるのかい?それとも……」

「……食べる。国王陛下だってお前さんだって食ってるんだ……ああ!食べてやるさ生肉くらいっ!」


 隣の席なのをいいことに、アタシがぼそぼそと小声で食べるかどうか決めあぐねていたランドルを煽ってみると。

 てきぱきとした仕草で生肉に玉葱と大蒜(にんにく)を混ぜ込んでいき、少し控えめな量の生肉をパンに乗せ。

 覚悟を決めたのか、目を瞑りながら大きく口を開けてパンを放り込んでいき、口を閉じる。


「……むぐ……むぐ…………」

「ほら、どうなんだい。ランドルの旦那?」

「────────美味い」


 ランドルの目がクワッ!と大きく開いたかと思うと、生肉料理の感想を口にしていく。

 

「初めて生の猪豚(ボーア)の肉を食べたが……焼いた時のボソボソとした食感がまるでない。それに……とにかく肉がこんなに甘いなんて驚きだ。美味い……とにかく、美味いっっ!」


 ランドルの反応を見て、ノルディアやユメリア、エルも給仕らに一旦皿を下げてもらうのを断り。パンに乗せた生肉を食していく。

 唯一、リュゼのみは無理をせずに火を通して貰っていた。妖精族(エルフ)は肉や魚を食べない個体が多い中、頑張ったほうではあるのだが。

豚肉を生で食べる、と聞くとどうしても「豚=必ず火を通す」とされている私達には抵抗がありますが。

ドイツ料理では「メット」という名で、厳密に生食を許可出来る条件を提示した上での生食は昔からされているようです。

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