32話 アズリア、条件を提示される
運搬してきた物資を全てアタシが買い取る。
その発言に、護衛や連れていた商人といった、この場にいるランドル以外の全員が押し黙る。
一介の傭兵が吐いた戯言ならば、この場の全員がこの発言を笑って問題にもしなかったのだが。
この連中は知っているのだ。目の前にいるアズリアという女戦士が、王国で何をしたのかという経歴を。
黄金蜥蜴を単身で撃退し。
王国の伯爵位と対決し、家を崩壊させた張本人。
だからこそアタシの発言には重みがある。押し黙った全員が、その発言にどう返答をするのか、雇い主であり元締めであるランドルに視線を向けた。
その視線を集めた男は、少しだけ考え込むが、すぐに意を決して口を開いた。
「……アズリア。その提案を俺が承諾するに、まず、二つ条件がある」
「イイぜ、アタシもだいぶ無茶を言ってるしねぇ、大概の条件なら飲むつもりだよ」
ランドルはアタシのその台詞を聞いて、ニヤリと口角を上げて笑顔を見せると。アタシへ指を一本立てて、その条件とやらを提示してきた。
「まず一つだ。物資や必要な書類の受け渡しや手続きのために、今夜は俺に付き合って夕食を一緒にすることだ」
……は?
いや、アタシとしてはまたどんな依頼事を言い出してくるのかと身構えていただけに。少し間の抜けた顔をしてしまっていただろう。
だが、そんなアタシを意に介さず、ランドルは言葉を続けていく。
「お前さんが王都から旅立ってからずっと気掛かりで仕方なかったんだ。あれから何があったのか……色々と聞かせて貰うぞ、アズリア?」
「いやいやいや? それって、要は食事のお誘いだろ? 条件でも何でもないじゃねえか」
すると。ランドルは首を横に振りながら。
「……そもそもお前さんにはシェーラを助けてもらった大きな貸しがある。なのに、俺の商人としての面子を潰さないように適正な価格で物資を買い取ってくれた。なら……せめて食事に誘う、くらいはさせてくれてもいいんじゃないか?」
そう、アタシはランドルの一人娘シェーラとランベルン伯爵家とのいざござに首を突っ込み、無理やり婚約させようと誘拐されたシェーラを救出した、という経緯がある。
その結果、王国でお尋ね者となってしまい、急いで国を出るハメになってしまったのだが。
多分、ランドルは今の今までその事がずっと痼となって心の片隅に残ってたのだろう。
「……はッ、ランドル。アンタも随分と物好きなんだねぇ」
「アズリア、それじゃ──」
アタシがそう言い放つと、こちらがどう返答するのかを読み取ったかのように。湿っぽくなっていたランドルの表情が一転、明るくなる。
「ああ、わかったよ。子爵サマのお言葉に甘えるとするかねぇ。出来たら王都で一番美味い店を頼むよっ」
「ああっ、せいぜい期待していろよアズリア」
だが。
そうなると、気になるのはもう一つの条件だ。
アタシはランドルの耳元に囁くように二つ目の条件を聞き出そうとしていた。
「な、なあ……ランドルの旦那。それで、もう一つの条件って一体何なんだよ? この話の流れ的にゃ、何かをアタシに頼む雰囲気じゃないし……」
「……お前さんが旅立った後……シェーラは大層悲しかったらしくて、ずっと泣いてたんだよ」
アタシから顔を逸らし、何故かあらぬ方向を見上げて、ポツリと呟きだすランドル。
何だか、その表情はとても哀愁に満ちていた。
「だ・か・ら・だっ!」
「う? うおおおッ⁉︎……い、いきなり何すんだよランドルの旦那っ?」
唐突に表情を険しくしたランドルは、怒気を孕んだ口調でアタシに迫ってくる。
「これはグレイ商会の元締めとしてじゃない! シェーラの父親としてっ! アズリア……お前さんは一度王国に来て俺やマリー、シェーラに逢いに来ることだっ! いいか! 絶対だぞっ!」
「待て待て待てって? ら、ランドルの旦那、アタシは今あの国からお尋ね者になってるハズじゃ……」
「そんな報告はとっくに取り下げられてる!」
「──は?」
アタシの記憶が確かなら。扉を蹴破り強引に侵入したのは、伯爵位を持つ人物の邸宅だった気がするのだが。
いくらランドルが金を採掘出来る鉱山を所有する、しかも商人組合の偉い人物だからとはいえ。貴族への犯罪行為を揉み消せるとは思えないのだが。
「ほ、ホントに?」
「ああ、誓って嘘は言っていない」
アタシの問いに、ランドルは簡易的にだが。正義を司る太陽神の祈りの構えをしてみせた。と、いう事は……彼は嘘を吐いてはいない。
「報告が遅れたが……お前さんとシェーラに手を出したあの貴族も今は領地に引っ込んで、息子の暴挙を取り下げた。だから、お前が王都の門をくぐるのに、何の問題もないっ!」
「顔近いっ、顔近いって! わ、わかったよ、わかったってばっ、行く、シルバニアに行くからっ!」
どうやら懸念していた賞金首には認定されてないようだった。
ランドルが迫るその勢いに押されてしまい、アタシは思わず承諾の返事をしてしまうと。
それを聞いた途端に、先程までの鬼気迫る勢いが失せ、いつもの穏やかな表情に戻るとにっこりと微笑んで。
「よし、みんな聞いたな。今の発言を」
すると周囲にいた護衛の男たちや、付き添いの商人連中の全員が、無言でランドルの台詞に頷く。
その時点になって、ようやくアタシは気付く。
「あ、あの迫真の台詞は……演技だったのかよ!」
「アズリア、これでもな……俺はここまで自分の商会を大きくしてきた人間なんだぞ。意見を通すためにこの程度の演技くらいは出来ないと、な」
『あっははははははははははっ‼︎』
ランドルが茶目っ気を出して片目の目蓋を閉じてみせると。
それに合わせて周囲の男たちが、騙されたことで不貞腐れた顔をしているだろうアタシを見て、それが大層愉快だったのか大笑いしていくのだった。
まあ、いいか。
シェーラは確か11歳。あと一年したら王国の魔法学院に入学する筈だが、本人は冒険者になりたいと言っていたと記憶している。
あの年齢で氷魔法を中級魔法まで使える才能があるのだから、もし再会を果たした時に彼女と氷の精霊とを遭遇させても面白いかな、とか考えてしまう。
アタシは「色々と準備がある」と理由をつけて、今は王城に世話になっているからと、食事先への案内は王城に来るようにランドルに頼み、一旦この場を後にする。
久々の再会だ。積もる話もあるにはあるが、今のアタシはリュゼらと急に別行動を取った立場な上、エルと妖血花を預けたままなのだ。
「……遅かったわね。もちろん事情を聞かせてもらってもいいわよね、ねぇアズリア?」
「い・き・な・りっ姿を消すなんて酷いですわね、アズリア様……?」
「……まあ、二人が怒るのも無理はないですね」
案の定。
王城へ急いで帰ってきたつもりだったが、そんなアタシを待っていたのは。
すっかり不機嫌になったエルとユメリアが今にも噛み付いてきそうな勢いで、アタシを見つけるなり二人が交代しながらの小言の連続攻撃だったのだ。
────う……うへぇ。




