29話 アズリアへ、思わぬ贈り物
地面にへたり込んだままのノルディアを立ち上がらせるために、アタシは彼女の目の前に手を伸ばすと、ようやく頭が現状を把握したようで。
「あ、あわわ……お手数取らせても、もも申し訳ありませんっああアズリア様っ」
差し伸べるアタシの手をしっかりと握り返して、何の淀みのない動作で立ち上がるノルディア。
どうやらこの模擬戦でどこかを痛めた素振りはないようだ。
「引き分け、だってさ。あはは、案外やるようになったじゃないか、ノル」
「……こ、今度こそ、ああアズリア様に勝てる、そう思って挑んだのですが……あ、あと一歩及ばす、く、悔しいです……」
前回は不意を突いて呆気なく勝利してみたが。
真っ向勝負となると、木剣の耐久力がもう少し高かったとしても勝負を決するのは難しかっただろう。
互いに相手の健闘を讃え合うように見せかけて、実はノルディアが握ったままのアタシの手に込められる力が徐々に増していく。
それに合わせてアタシも握る手に力を込める。
「へえ、言うようになったねぇ……でも残念ながら、アタシはまだまだ負けてやれないよ?」
「ふふふ……次こそは私の背中を追わせてあげますよ、アズリア様」
いつの間にか互いの手を握り締めながら、アタシとノルディアはまるで剣を構えるような姿勢で睨み合っていたのだ。
「もう模擬戦は終わりましたのよ、ノルディアさん」
「ほらっ、アズリアも挑発しないのっ」
「ぱぁぱ、のる、ひきわけぇーっ、あははは!」
ノルディアの背後に立って、頭をパチンと叩いて白熱する彼女に冷や水を浴びせたユメリア。
それと同時にアタシの頭を背後からペチンと叩くのは、ぴょんぴょんと飛び跳ねたエルだった。
ちなみに余談ではあるが。
この二人の模擬戦を周囲で見学していたホルハイムの騎士たちは、初めて「救国の英雄」などと勝手に騒がれ、国王にまで謁見したアズリアという女傭兵の実力の一端を垣間見ることとなった。
何しろ……模擬戦の相手は、その騎士らの眼前で帝国で名の知れた「猛将」ガンツ将軍をただの一撃で屠ってみせたあの客将ノルディアなのだったから。
「あ、あはは……さてと。二人はこれからどうするつもりだい?」
「はい、帝国との戦争も終結しましたし、海路が復旧次第、国に帰りますわ。ノルディアさんも近衛騎士筆頭という立場ですからあまり空席には出来ませんし」
「さ、流石に……あのけ、険しいスカイア山嶺を越えるのは、む、無謀という他、な、ないですから……」
ですわね、と釘を刺してくるユメリアだが。
その無謀な山路を越えてきた人間が目の前にいるという事をすっかり失念している二人だった。
少しイラっとしたアタシへ話を振るユメリア。
「……寧ろ私が聞きたいのですが。アズリア様は我々の国に帰ってくる気はないんでしょうか?」
「砂漠の国に?……いや、アタシはまだ色々とやりたいコトがこの国に残ってるんだよ」
確かに。
あの砂漠の国には、アタシを「好き」だと告白して、返事を待ってくれている男がいる。
────逢いたい。
だが、一瞬頭に過ぎったハティの顔を振り払うように、首を横に何度も振るのだった。
旧市街地の探索。幅広剣の修繕。
アタシにはまだやらなければならない事がある。ハティに両手を振って逢いに行くのは、それら全てを終わらせてからだ。
それに────
まだアタシは返事を決めかねているからだ。
「まあ……アズリア様がそういう返事をするのは、私は想定していましたわ。あ、ノルディアさんがどうかは知りませんが」
「……え?い、いやわ、わたしはべべ別に一緒にアズリア様と……なんてお、思ってませんよっ⁉︎」
慌てふためくノルディアを無視しながら、ユメリアが言葉を続ける。
懐から何かを取り出しながら。
「アズリア様……お兄様から『渡して欲しい物がある』と伝言を承ってきましたわ……これを」
「え、コレは?…………指輪?」
ユメリアが手渡してきたのは、指輪だった。
嵌め込まれているのは血のように紅い宝石。これは、紅石……いや、違う。
これは、柘榴石だ。
「これはお兄様がアズリア様のために自分の手で作り上げたものですわ。柘榴石は、我らが部族では『戦士の石』と呼ばれる、部族で優れた戦士のみが身に付けるのを許される代物です」
アタシは、利き腕ではない左手の指にユメリアから手渡された柘榴石の指輪を嵌めてみせた。
いや、もしこれが紅石だったらアタシは「誓約」で指輪を装着することが出来なかったからね。
「どうかな?アタシに……似合ってる、かい?」
「ぱぁぱのゆび、きらきらしてて……きれいっ!」
「ええ。とってもお似合いですわ……アズリアお姉様」
指輪に輝く柘榴石を大層気に入ったみたいで、何故かぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねている妖血花だったが。
じゃれ合う様子を遠巻きにしながらも、アタシに対して何かを含んだようなイヤらしい笑みを向けてくるユメリア。
「お……お姉様って⁉︎ゆ、ユメリア、あ、アンタっ?」
「いーえ、何でもありませんわ」
もしかして、アタシが告白されたのを知ってる?
いや……確か、ハティから告白された時に周囲には誰もいなかった筈だ。念入りに確認したからそれは間違いない。絶対、と言いきってイイ。
ユメリアは……一体どこまで知っているのか?
「ぱぁぱ?……おかお、まっかだよお?」




