28話 アズリア、尋常ならざる模擬戦
魔術文字で増強された膂力を込めたアタシの一振りが、体勢を崩そうと繰り出されていたノルディアの木剣を真上に弾き飛ばす。
何とか握り手から離さなかったが、それでも時間を稼ぐには十分過ぎた。
「……んだと、あの体勢から立て直すとか……有り得ねえ、有り得ねえっ!」
「悪いねぇ……っ、ノル。アタシらしくなく出し惜しみなんてしちゃったのは謝るよ」
「はっっ!その右眼か?……これが正真正銘、アズリアの本気ってワケかい!面白いっ……面白いね……」
アタシは連続攻撃で崩された体勢を整え。
ノルディアも弾かれた木剣を再び構え直す。
二人が同時に息を大きく吐くと。
「行くぜええっっっ!」「っしゃああああッッ!」
重なる雄叫びと、木剣が打ち合う衝突音。
どちらかが受けに、防御に回ったからではなく、互いに相手を撃ち抜こうと振るわれた攻撃がぶつかり合う衝突音。
それが一度ではなく、幾度も。幾度も。
「確かにノル……アンタは強くなったよっ!」
「認めてくれるだけじゃ駄目だねっ!あたしはアンタに勝つっ!それで証明するんだ……はぁぁぁぁっっ!」
やはりだ、間違いない。
彼女は感情こそ昂ってはいるが、「憤怒憑き」の能力を今、完全に制御しきっている。こうやって戦闘中ながら会話を交わせるのが何よりの証拠だ。
「憤怒憑き」の能力を維持したまま、理性を保てるようになった彼女は……強い。
それはアタシが、右眼の魔術文字を発動させているにもかかわらず剣速、そして一撃の重量を上回れない時点で理解していた。
「……な、何これ……何なのあの人……アズリアと互角だなんて……嘘でしょ……?」
二人が互角以上の競り合いを見せていた、その一連の攻防を傍から見学していたエルが、信じられないものを見るような表情をしていた。
そんなエルの肩を叩き、声を掛けるユメリア。
「……次でお互い、決めるつもりですわ」
そのユメリアの言葉通りに。
もう何度木剣を重ねたのだろうか、回数を忘れた頃に互いの木剣の切っ先が触れたかどうかで。
二人が同時に今の間合いを嫌って、相手から視線を外さぬまま後ろに飛び退いていった。
アタシは、もう何度も魔術文字で増した膂力で振るった木剣をチラリと見やると。
最早、あと一撃に耐えられるかどうかというくらいにボロボロになっていた。
多分、この一撃が最後になるだろう。
すると、ノルディアが声を発する。
「アズリア様……もし、この勝負に勝てたら……一つ言う事を聞いて貰っても構わないだろうか」
その問いを聞いてアタシは思う。
確かに、純粋に剣の腕を競い合う勝負もいいだろうが……やはり勝負には褒美というモノがあったほうが意欲が湧く、というものだ。
アタシはその要求を飲む……一点、付け加えて。
「なら、アタシが勝った時も同じ要求をアンタにする。それなら受けてあげるけどねぇ?」
「……それで構いません。それでは……」
「────ああッ」
ノルディアが真上に振り上げた構えのまま、一気に間合いを詰める突進を仕掛けてくる。
真っ向からアタシの頭を狙うその剣閃。
「受けて貰おうかっ!師匠から継承したこの剣技────剛剣・稲妻落としっっ‼︎」
対してアタシは……大きく股を広げて腰を落とした体勢で、真横に構えた木剣を切っ先が地面スレスレに擦るように振り抜いていった。
真下から胸板を斬り裂くかの如き斬撃。
二つの木剣が交わされたその瞬間。
響いたのは身体に命中した打撲音でも互いの木剣が打ち合う衝突音でもなく……粉砕音。
木剣は、互いの頭と胸板に命中する直前に、乗せられた膂力に耐え切れず砕け散ったのだった。
互いに自分の勝利を信じて放った渾身の一撃だっただけに、その結果に僅かばかりの時間、アタシは放心してしまっていたが。
ノルの剣が目の前で砕け散り被弾を免れるも、アタシの一撃もまた木剣が壊れて届いていないその結末を理解して。
「あ……あっははははははははッ!」
アタシは思わず腹を抱えて大笑いしてしまった。
その目の前で、ノルディアは逆に脱力したのかヘナヘナと膝から崩れてその場に座り込んでいた。
「あ、アズリアってば……も、もしかして、実はノルディアの剣が頭に当たっておかしくなっちゃったとか?……ねえ、大丈夫?」
大笑いするアタシ。
そして未だ呆けた状態で座り込むノルディア。
そんな二人を見ながら、オロオロと明らかに動揺しているエルなのだったが。
「ど、どうしよう、ユメリアさん?」
「うーん、これは……引き分けでいいんじゃないでしょうか?どっちの剣も壊れてしまってますし」
勿論、ユメリアからすれば「アズリアがノルディアの要求を飲む」のもその逆も。好まざる状況だったからに違いないという思惑があるからなのだが。
 




