27話 アズリア、ノルと相見える
「え?……敷地を貸して欲しい?それは騎士団長の許可が……あ!い、いえ!り、了解いたしましたっ!こちらの場所は好きに使って下さいっ!そ、それでは失礼しますっ……」
城を出たところにちょうど騎士らの訓練用の施設が見えたので、そこにいた騎士らしき若者に場所を貸して貰えるように交渉したところ。
最初は場所を貸すのを渋っていた騎士だったが、アタシの胸元を見て唐突に態度を変えてきたのだ。
「ん?……何だろ、急に」
「アズリア……多分、理由はその胸に飾ったそれよ」
エルが指を差したアタシの胸元には、そう言えば先程の謁見でイオニウス王より賜った黄金の紋章が輝いていた。
……早速、王様の威厳を利用しちゃったよ。
「ま、まあ、せっかく場所を使わせて貰えたんだ。アタシはこのまま始めてもイイけど……ノルは身体を動かさなくて平気なのかい?」
アタシは訓練用に置いてあった木剣から一番大きくて一番重いものを選び、無造作に何度か振るいながら手の馴染み様を確認していた。
「ええ……アズリア様が王様に謁見する話は聞いてましたから。昨日から準備ば万全です」
同じく木剣を手に取ったノルディアは、アタシから少し離れた位置に立ち。アタシを真っ向から見据えて木剣を両手で構えてくる。
「いつもならアズリア様を応援しますが、今日だけはノルディア……あなたを応援しますわ。昨日、あれだけ騎士相手に剣を振るっていたのですから……」
昨日、彼女はホルハイムの騎士らに混じり、朝から日が暮れるまでの間に騎士らと数十もの模擬戦を繰り返し。
騎士らの誇りと自尊心を打ち砕いていたのだ。
勿論、その騎士らの傷を治療していたのは治癒術師たるユメリアだったのだが。
実の話、先ほど場所の許可を求めた若い騎士が急に態度を変えたのは確かにアズリアの胸元の紋章を見たのもあったが。その背後にノルディアの姿が見えたからでもあったのだ。
「勝たないと、許しませんわよ」
「────ああ。私のすべてをぶつけてくる」
そして、ノルが再びアタシへと向き直り、鋭い視線を放ってやや前傾に剣を構えてくる。
あれはまずアタシの剣を受け切って、その隙を突こうという作戦なのだろう。
「それじゃ、いい?二人とも────始めっ!」
「ぱぁぱ!がんばれえーっ!」
二人の真ん中に立ったエルが開始の合図をする。
その声に合わせてエルと一緒にいた妖血花がアタシを応援してくれた。
合図と応援の声と同時にアタシは、怪我をしている左脚で踏み込みながら。
突進力を木剣に込めて、小細工無しの渾身の一撃をノルディアの脳天目掛けて振り下ろす。
……だが、次の瞬間だった。
木剣同士が衝突し合う激しい打撲音とともに。
振り下ろした筈のアタシは、木剣ごと背後に吹き飛ばされていた……かろうじて地べたに転倒するのだけは免れたが。
そして、響き渡るのはノルディアの雄叫び。
「……はぁ……はぁ……これが、渾身の一撃かアズリアああああああ!私を……アタシを舐めるなよおおお!次は勝つって言っただろおおおおおおおっっ!」
これが彼女の秘密、「憤怒憑き」だ。
剣を握ると普段の引っ込みがちな性格が一変し、理性が振り切れた精神状態で敵味方関係なく目の前の猛者に猪突猛進していく。
さらに厄介なのが、この状態になると彼女の膂力は飛躍的に増し、さらには精神に影響を与える魔法の類を受け付けなくなる点……の筈なのだが。
彼女は、魔族との戦いを切っ掛けにして「憤怒憑き」をある程度なら制御することが出来るようになった。
「攻めてこないからこっちからいくよおおおおっ!おらあ!おらおらおら!……おらあああっ!」
体勢を崩したアタシへ容赦なく間合いを詰めてくるなり、剣を片手に持ち替えてからの。
左側からの横薙ぎの一閃。
多分、アタシがその一撃は凌げるのを見越しての、追撃ちに全て微妙に角度をズラしての四連撃。
「……ッ!攻撃が来るのはわかっちゃいるんだけど……左脚に踏ん張りがき、効かないっっ?」
そう、ノルディアが左側から防がれるのを知りつつ連続攻撃を繰り返していたのは、アタシが背後に吹き飛ばされた時に踏ん張った足が左脚だったのを見逃してはくれなかったのだ。
ノルディアの攻撃を受け止めるために、身体を支えている左脚で何とか体勢を維持しようとするが……いつもと違い、左脚に力が入らない。
「はっはあああ!このまま膝が折れるまで攻め切ってやるよおおおアズリアああああああ!」
「……た、確かに。前の模擬戦とは一撃一撃の重さが段違いだ……こりゃ、ちと不味い状況だねぇ」
そう、この状況はアタシに不利な筈だった。
なのに……何故なのだろう。
そんな状況なのに、何故かアタシは無性に嬉しくなって、口角が上がりニヤけてしまっているのが自分でも理解してしまう。
だからこそ、アタシは今の彼女ならば右眼の魔術文字を発動させても大丈夫、いや発動させないと勝てないと悟り。
────アタシの右眼が赤く輝いた。




