22話 アズリア、あらためて国王に謁見する
そんなロシェットが、まさかがこの国の王子様だったとは……
いや実のところ、顔を見た時から普通の良家の坊ちゃんとは思えなかったので、王子と聞いてもそれ程驚きがないのが正直だった。
リュゼからの告白を聞いた国王は、その立派な顎髭に触れながら、何かを思い詰めるように目を閉じていたが。
「むぅ……難しいのう。今回の帝国との戦争で勝利した功労だけならば、先に報酬を渡した傭兵団のように金で済ませられるのだが……流石に同格の功があと二つもあるとなると……宰相?」
「そ、そうですな。我が国の法や前例に合わせてみても、そこまでの功労にはそれなりの地位を叙爵するのが妥当かと思われますが……その」
王様が片目を開けた目線の、その先にいた宰相と呼ばれた重鎮の中でも一際貫禄のある老人が、王様の質問に答えていたのだが。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!い、いきなり爵位とか言われてもさ、アタシにゃやらなきゃいけないコトがあるから、領地とか爵位とか……面倒なんだよねぇ」
「それならば……アズリア殿。我々は何を差し出せば、三度も国を救ってくれたその恩義に報いることが出来るというのだ?」
ふ、ふふふ……その言葉を待っていたんだよ。
王様のその言葉を聞いて、アタシは笑ってはいけない場所なのを理解していたが、思わず顔がにやけてしまうのを手で隠して。
笑い声を殺しながら、アタシは口を開く。
「本来受け取るハズだった爵位の代わりに、アタシが頼みたいコトが三つほどあるんだけど……聞いてもらえるかねぇ?」
アタシの言葉を聞いて、部屋に控えていた騎士らや重鎮の老人らがざわつき始める。
「お、おい……どういう事だ」「三つ、三つだと?」「あ、ああ。確かに三つと言ったな」「あの女欲張りすぎだろう……」「け、けしからんっ!」「ふん……さすがは卑しい傭兵だな」
アタシの要求に否定的なその騒めきだったが。
王様が片手を上げて制することで、騎士らや重鎮の老人が口を閉じ、謁見の間に再び静寂が戻る。
「勿論だ。我々に出来ることならば、全力を以ってお主の功労に報いるとしよう。では、アズリア殿……まずは一つ目の望みを聞かせて貰いたいのだが」
「それじゃ……お言葉に甘えて、ね」
アタシは今まで抱きかかえていた妖血花を床に下ろしていき。
ようやく王様の前で、片膝を突いて頭を下げていくと、頭を恭しく垂れたままで一つ目の願いを口にする。
「王様、この少女……に見えるのは、どうやらアタシの血から生まれた妖血花って魔物なんだ」
『なんと!……王城に魔物を呼び込むなど!』
この間に控えていた全員が「魔物」という言葉に反応し、王様が再び片手を上げて言葉を制するにもかかわらず、今度は騒めきが止まらない。
「────黙りなさい」
そこに響き渡ったのは、まだ弱々しいながらも凛々しく、そしてその中に芯の強さを秘めた声。
それは、毒が抜けた王妃様の言葉だった。
「アズリア様……誤解なさっているようですが、妖血花は正確には魔物ではありません」
え?
でも妖血花は、魔物に分類される妖人草に人間の血を吸わせることで生まれるモノだ、とエルは言っていたが。
「確かに妖血花が人間の血を吸って生まれるのは事実です。ですが……ただ妖人草に血を吸わせても、必ずしも妖血花が生まれる訳ではないのです。精霊の加護、と言ってもよい出会いがあって生まれるもの……それが妖血花、なのです」
妖精族である王妃様は、「偶然」という意味を独特の言い回しを使い、話を続けていく。
「……我々妖精族は、この妖血花を精霊と人間との架け橋と見ています。事実、この娘からは複数の精霊の魔力を感じることが出来ます……」
今まで一緒にいたが、妖血花からそんな魔力を感じたことは一度もなかった。
噂では、王妃様は類稀な精霊魔法の使い手だと聞いている。だからこそ、妖血花が秘めた精霊の魔力を感じ取れるのだろう。
「アズリア様……それは、貴女からもです。貴女も、これまでの旅の中で、精霊様に出会った事が一度や二度、あるのではないですか?」
ここで嘘などつく意味がない。
アタシは今までに出会ってきた精霊のことを王妃様に話しておくことにした。
「はい、王妃様……アタシは、今までに大樹の精霊、水の精霊、そして氷の精霊と数々の精霊に出会い、そして助けて貰いました。この度の帝国軍の将軍を討ち払う際も、精霊が力を貸してくれたからこそです」
アタシの返答に無言で頷きながら。
王妃様はアタシと、その横の妖血花に微笑みを向けて。
「わかりました。私、王妃ティアーネ・ディア・フィレムの名の元に宣言します。我が国に滞在する限りは、この妖血花を魔物扱いする事を禁じ、我が国の民と同様に扱うと……アズリア様、貴女に誓いましょう」
そう、妖血花の身分の保証。
まさに、報酬として欲しかったのはそれだったのだ。
王妃様がアタシの意図を汲み取って、王妃自らの名前を出しての誓いの言葉だ。保証としては十分過ぎるだろう。
────まずは、一つ。
アタシはそのまま王妃様へ頭を下げて感謝の意を表していくのだった。




