18話 アズリア、突然の訪問に驚く
外から見たこの国の王都アウルムは、軽くラクレールの二回り程大きい街であった。
確かに城壁には部分部分に包囲戦の傷跡を残しているものの、本来の役割を喪失する程の損害ではない。この強固な防壁があったからこそ二月にも渡る長期の包囲戦を耐え抜けたのだろう。
アタシは激しい攻撃を耐え抜いたそんな城壁に、敬意の念を抱いてしまうのだった。
「おお、王都だけあってラクレールよりも大きいねぇ。街や城壁の損害もほぼ見られないってコトは……防衛隊が頑張った証なんだろうね」
「そういえば……包囲戦を受けてたって聞いてたのに住民が明るい顔してるわね」
城壁を馬車がくぐり、そこにはつい先日まで帝国と戦争をしていたとは思えない程の活気に溢れた街並みがあった。
大通りを歩く人たちの朗らかな笑顔。
市場で売り買いしている買い物客と商人。
アタシが王都の様子を見た感じでは、二人に聞いていたような食糧の不足が住民の顔色や生活に影を落としているようには見えなかった。
「それは常に防衛隊の先陣に王妃様が立って、住民を鼓舞し続けてきましたから……」
ルーナはアタシにそう告げると、ふと顔を伏せ表情に影を落としてしまう。無理もない……皆んなの士気を保っていたのは実は王妃ではなくリュゼだというのはアタシ達しか知らない秘密なのだから。
そんな浮かない顔のルーナの頭をポンポンと軽く掌で叩きながら。
「それじゃ、早速だけどルーナ達の心配事を解消してあげないと、ねっ」
「は……はいっ!それでは早速王城に案内します!」
ルーナが馬車の内側から壁越しに御者席にいるサイラスに不規則に壁を叩く音で合図をすると。馬車はそのまま王城へ向けて走り出していく。
まあ、今回王都に招かれた以上は王様に謁見をする予定も含まれているのは薄々勘付いていたが。
にしても。
ホルハイムの王城は、王宮が高さのない建物のアル・ラブーンの建築仕様と違い。同じ石造りながら、シルバニア王国のように高い塔が何個も繋がっているような建築仕様だった。
「お帰りなさいませサイラス様!」
「うむ。早速だが、イオニウス王にこの度の戦争の最大の功労者を招いた事を報告してはくれぬか?」
「は、はい、承知しましたっ!」
城門を馬車が通過すると、馬車から降りたサイラスが近くにいた若い騎士風の男に声をかけ、王様へアタシ達を連れてきた報告を命令していた。
サイラスが騎士なのは知っていたが、他の騎士のサイラスへの恭しい態度を見るに、騎士の中でも階級が高いものだと推測される。
「……ふぅん……へぇ……なるほどぉ……」
「ん?どうした、アズリア殿。これから王との謁見なのだが、何か疑問に思うことでも?」
「いやぁ、サイラスがああいう若い騎士に目上扱いされてるのを見てね?まさか……騎士団長だったり、なんて」
「ほほう、よく気づいたなアズリア殿」
「は⁉︎……いやぁ……い、言ってみるモンだねぇ……は、ははは」
スカイア山脈越えで遭遇した際に、本来なら彼が好んで使う槍の腕と不釣り合いなほどに野営の知識がなかったので、騎士であることは容易に想像出来たが。
まさか……本当に騎士団長だったとは驚いた。
さて、あの若い騎士が報告から戻ってきてアタシとエル、そして妖血花の三人はそのまま王様と謁見か……と思ったのだが。
戻ってきたのはあの若い騎士ではなく、もっと豪華な鎧を纏い、立派な顎髭を貯えた初老の男性だった。
「話はルーナから聞いているぞ、アズリア殿……といったか。そなた、王妃を治療出来る術を持っているらしいな?」
初老の男性はこちらへ駆け寄ってくるなり、アタシの両肩をガシッと強い握力で掴むと。
王様への謁見を前に、王妃の治療の話をしてきたのだ。
「た、確かにアタシはアズリアだけど……あ、あの、まずは王様に御目通りしてからになるんで、その……さ、サイラスぅ⁉︎」
アタシの肩を掴むこの初老の男性が、少なくとも王妃が床に伏せっている事実を知っているということは国の重鎮かもしれないと思い。
力づくで振り解きたい衝動を抑えて、アタシは横に控えていたサイラスに助けを求めてみる。
するとサイラスの口から、この肩を掴む人物の思いもよらない正体が語られたのだった。
「い……イオニウス王っ!どうしてここにっ!」
────は?
アタシの肩を掴んで揺らす初老の男性が、この国を統べる国王様だってえ?
「ルーナから報告を聞いて驚いた。まさか王妃の目を醒ますことが出来る人物が、この度のドライゼル帝国との戦で我がホルハイムを勝利へと導いた英雄だったと聞いて、玉座で座して待つ真似など出来ようか?」
言いたいことをサイラスに言ってのける王様だったが、言葉が途切れた途端にアタシの肩から手を外し。
今度はアタシへ深く……一国の王、とは思えないほどに深く頭を下げてきたのだ。
「アズリア殿……この国を救って貰った身で図々しい願いだとは思う。だが……それを承知でお願いしたい。王妃を……我が妃ティアーネをどうか、どうか……助けてはくれまいか?」
短いながらその言葉からは、本当に王妃を慕っている想いと自分の不甲斐なさを責めるような悲痛な思いが伝わってきた。
だからアタシは、そんな国王の前に膝を突いて。
頭を下げたままの王様へ言葉を投げ掛ける。
「その件はもうサイラスとルーナの二人にお願いをされてアタシは承諾した。だから王様……頭を上げてくれないと、アタシが二人とリュゼに怒られちまうよ」
アタシの言葉を聞いて王様が頭を上げるのを見てから、膝を突いた体勢から立ち上がると。
「王様の言う通り、謁見は後回しだ。それじゃ……王妃様のところへ案内してくれないか、王様?」
そんな王様へと片目をパチリと閉じて見せ。
王様の案内でアタシ達は、王城の中を進んでいき、王妃が眠る場所へと案内されるのだった。




