17話 アズリア、王都アウルムに到着する
陽が登るまでの間、吸血鬼がアタシ達の前に姿を見せることはなかった。
結局のところアタシはルーナとは交代せずに、夜通しを継続したのだった。
「お、ルーナ、起きたんだねぇ。おはよ」
「もしかしてアズリアさんっ、ずっと見張ってくれてたのっ?もう!交代で見張りだ、って言ったのに……」
「いや悪い悪い。どうにも興奮が冷めなくて剣を振るってたらいつの間にか朝になっててさ」
馬車の中から一番に起きてきたのはそのルーナだった。まだ目蓋を重そうに眼を擦ってはいたが、アタシが見張りを交代せずずっと続けていた事を寝ぼけた頭が認識すると、頬を膨らませながらズイズイと迫ってくるのだった。
アタシが交代しなかった本当の理由はというと。
ルーナが吸血鬼に奇襲を受けた場合に、エルの祝福がない武器では窮地に陥る可能性もある。
万が一にルーナまで毒に侵され、たとえ解毒したとしても二人が体調を急変させるようなこととなればアタシ達は最悪、王都の城門の前で立ち往生する羽目になるかもしれないからだ。
そんなルーナとのやり取りを聞いてなのか、馬車からサイラスやエル、そして妖血花までが次々に起き出してきた。
「もう……朝っぱらから何言い争いしてるのよ……うー……頭痛ぁ……」
「昨晩はご心配をかけて申し訳ありませんな。ですが、アズリア殿が心配していたような毒による悪影響は見られませんな」
どうやらサイラスには、懸念していたナイトゴーント隊の毒による後遺症は現れなかったようだ。
それはよかったのだが。
ただ、吸血鬼が現れる前にアタシから白葡萄酒を奪って勢いの余り飲み干してしまったエルは、どうやらこの年齢で悪酔いを経験してしまったようだ。
「ぱぁぱ!おはよー!おはよー!」
「えっ?あ……あるら、いやアル?……お前、言葉……」
「んー?なにー、ぱぁぱ?」
どうやら妖血花は、アタシ達が交わす会話を聞いて「人間の言葉」というものを学習しているようで。まだ一緒に行動して間も無いのだが、最初に話した「パパ」以外の言葉も少しずつだが喋りだしているのだ。
駆け寄ってきた妖血花を抱きかかえながら……ひょっとして、アタシは妖血花の知性の高さを過小評価していたのかもしれない、とそう感じていた。
「さて。本来ならば朝食を用意してから出発したいところですが、王都ももう間近ですし時間が惜しい。ここは先を急ぎましょう」
サイラスが停めていた馬車を動くように、出発の準備をテキパキと済ませていく。
二人とも王妃を治療出来る可能性をアタシに見出せた事で、気が急いているのだろうが。報酬という話題になれば、アタシにも王都へと急ぐ理由が出来た。
再び街道に戻り、王都へ向けてアタシ達は馬車を走らせる。
二人の話では、少なくとも王都付近では魔獣が、狩り尽くされているということなので、不意に魔獣に襲撃を受ける危険も考えなくてよい。
それに、吸血鬼は太陽の光を嫌うようなので連中が道中に出現することはほぼ無いと言っていい。
問題は、その吸血鬼が何故にまだホルハイムに残っていたか、という点だった。
「ねえアズリア……あの吸血鬼たち全員、一番弱い隷属種だったわ」
「確か、隷属種ってのは親分になる吸血鬼がいなけりゃ形を保てない連中、のコトだったよな?」
「え?えっ?……二人とも、どういうこと?」
以前アタシはラクレールの街でナイトゴーンド隊と一戦交えた後に、吸血鬼の知識を得るためにエルに色々と教えて貰っていた。
なので、エルが深刻な顔で振ってきた話題にアタシは一つ嫌な想定をしなくてはならなかったのだが。
そんなアタシ達のやり取りを理解出来ていなかったルーナが、二人の顔を交互に見やりながら尋ねてくるのだった。
その問いに、真剣な表情のままエルが答える。
「つまりね……まだこの国には、昨日の吸血鬼より強い吸血鬼が潜んでる可能性がある、って話よ」
「じゃ、じゃあ、まだ帝国の連中がこの国で悪巧みを企てているってこと?」
「いや、その可能性は低いだろうね」
アタシも帝国軍の敗北を知ったのは、ラクレール郊外でロゼリア将軍が率いていた帝国の別動隊と戦っていた時だった。
あの時、王都を包囲していた帝国軍が敗走までの瓦解があまりにも急展開すぎて。ロゼリアら別動隊もだが、帝国に退却するただけでも精一杯だった中で、この国に何かを仕掛けていく余力が残っていたとは到底思えないからだ。
そんなアタシ達に、御者席にいるサイラスから大きな声を掛けられる。
「話が盛り上がってるところ悪いけど、もう目の前に王都が見える距離だ。そろそろ王都に到着する」
話に夢中になっていたら、もうそんな距離まで馬車は走っていたとは驚きだ。
思わずアタシは馬車の窓を開けて、馬車が目指す先へと視線を投げると。
その先にはラクレールとは比較にならない大きさの城壁と、それに囲まれた大きな街並み。
そして、城壁からでも見える豪勢な王城。
アタシ達は、王都アウルムに到着したのだ。




