14話 アズリア、再びの邂逅
────ふと、感じ取った違和感。
そう、喩えるなら。今まで風が吹きながらも曇一つ見えなかった星空に、突然湧き出した黒雲のような、そんな空気の変化だった。
「ふぅん……さっきからアタシらの周りをチョロチョロとしてる気配はあったけど、獣の類じゃあないね、この動き」
アタシはいつものように背中に背負ったままの大剣の握りに手を掛け、先程までマリアナの料理で綻んでいた表情から獲物を狙う眼へと変えていった。
「ええ、野盗……それもかなりの手練れの様子」
「ルーナ、エル殿とアル殿を中央に」
サイラスは得意の槍ではなく腰の剣を抜き、ルーナも懐から二本の短剣を抜き放つ。
そんなサイラスの指示に合わせてエルは妖血花の手を引いてアタシの背中に隠れるように動いてくれる。
「ねえアズリア……普通に戦おうとしちゃってるけど、まだ左脚は完治してないんだよっ?」
背後のエルが緊張感を高めてるアタシにしがみつくと、左脚を心配してくれるのだが。
気配からして、相手は一体や二体ではない。
サイラスは気配を消している相手への対応が遅いし、ルーナは扱う武器が短剣だけに攻撃力が足りない。
「────来るよ……ッ!」
エルとのやり取りの最中に相手が動いたのだ。
さすがに結論が出るまで待ってはくれなかったらしい。
アタシはエルが喋ろうとするのを手で制し、肩に担いだ大剣を構えると、近くにあった木の上からこちらへと飛び掛かってくる黒い影……明らかに人の形をした襲撃者に向けて。
アタシは左脚で大地を踏み込んで、掲げた大剣を勢い良く振り下ろす。その一撃に慈悲はなく、アタシは襲撃者を生かして捕らえる気は全く無かった。
「ギシャアああ────ああ!」
その襲撃者は武器を持っておらず、あろうことか素手でアタシの大剣と競り合おうとしたのだが。
もちろん、ただの肉体がアタシの、それもダマスカス鋼製の大剣の一撃に耐えられる筈もない。
刀身が肉に沈み込んでいく感触。
渾身の一撃が骨肉を押し潰す嫌な音と血飛沫とともに、アタシの一閃は襲撃者の腕を肩から吹き飛ばしていた。
「あ、アズリア殿?……こ、これは?」
「ち、血が、黒いっ?普通の人間じゃ……ない?」
だが、アタシとエルは知っていた。
この黒い血を持った生物の正体を。
あれはホルハイム戦役中に、アタシ達がラクレールを帝国軍から奪還したその夜に遭遇した「ナイトゴーント隊」を名乗る連中だった。
その連中の正体とは────吸血鬼。
「はっ。帝国が敗走して逃げ出した時に捨てられでもしたのかねぇ、この吸血鬼どもは」
「でもアズリア……連中が吸血鬼となると厄介よ。多分あの二人の装備じゃ……」
そうだった。
吸血鬼は確か、強力な再生能力があって普通の武器なら傷つけられた傍から回復されてしまう。
アタシへの襲撃を皮切りに姿を見せる複数体の吸血鬼。それをサイラスやルーナが迎撃していくものの。
サイラスが斜めに胴体を斬り裂いていくが、傷口がブクブクと泡立ちながら、吸血鬼は傷を再生しながら怯むことなく襲い掛かる。
「くっ……こ、コイツらっ、斬っても斬っても次から次へと傷を再生してくるわよっ?」
「た、確かに!アズリア殿くらいの破壊力がないとキリが無い、というわけかっ……くそっ!」
さすがに今、アタシが腕を一本切り落とした吸血鬼のように大きな傷ともなると回復が追いつかないようだが。
「……エル。何とか出来るかい?」
「はぁ、アズリアの頼みだもんね。それに……」
エルが修道女服の下から大事そうに、女神イスマリアが模られた銀製の像を取り出すと。
「これ以上アズリア戦わせて、左脚に負担かけるのは避けたいからね────サイラス!ルーナっ!」
二人に声を掛け、簡単な詠唱から銀製の像に魔力を集めていくと。
「死者を大地に還せ────神罰具現化っ!」
詠唱が終わり、両手を広げて魔力を解き放つと。
サイラスとルーナ、二人が持った剣と二本の短剣が銀色の光に包まれていく。
「えっ?……短剣がいきなり光って?」
「おおっ?こ、この神々しい光は一体……」
「……ふぅ。二人の武器には大地母神の祝福を授けたわ。これで二人でも、吸血鬼にも有効な打撃を与えることが出来るわっ」
エルの言葉を確かめるように、サイラスは銀色に輝く剣を握ると、再び吸血鬼の胴体を斜めに斬り裂いていく。
すると傷口が再生するどころか、その傷口から蒼い炎が燃え上がり、倒れた吸血鬼の身体をたちまち炎が包み込んでいき。
やがてその吸血鬼は黒焦げとなり動かなくなった。
「おおっ!エル殿、これはありがたい!この祝福さえあれば吸血鬼など敵ではないっ……さあ、掛かってくるがいい吸血鬼ども!」
「……これがあったら王妃様も守れたのに……」




