11話 アズリア、王都アウルムに向かう
「遅かったじゃないアズリア。ん?……どうしたの、その包み」
「ああ、コイツは酒場で調理場に入ってるマリアナに用意してもらった食事だよ。後でエルも一緒にどうだい?」
集合場所だった北門には馬車が停車してあり、既にアタシ以外の全員が集まっていた。
妖血花には、同じぐらいの身体付きであるエルに頼んで、予備の修道女服を着せてもらっておいたのだ。
しれっとマリアナに渡された手提げ篭をエルに見せていたが、包みの中にあった酒はエルに見つからないよう別途に分けておいた。
後でこっそりと一人で楽しむつもりだ。
「ほらほら、三人とも。食事を広げる時間は道中で作るから、そろそろ馬車に乗ってくれると嬉しいんだが……」
「おっ、悪いねサイラス。それじゃ王都に向かうとしますかねぇ」
御者役のサイラスに急かされ、妖血花とエルを先に馬車に乗せていき。最後に馬車へ乗り込む前にアタシは。
自分が生命を賭けて守り通した街並みを見渡し。
「じゃあね、行ってくるよ……ラクレール」
そして馬車の扉を閉めると、馬車を引く二頭の馬が嘶き、蹄を石畳に打ち鳴らして馬車はラクレールから走り出していくのだった。
「ぱぁぱ!すごぉい!びゅんびゅん!」
馬車の窓にぴったりと張り付いて嬉しそうにはしゃいる修道女姿の妖血花。その様子からして、多分目に映るすべてのモノが新しく知るものなのだろう。
そんな彼女の様子を不思議そうに見ていたのが、馬車に同席しているルーナだった。
「ね、ねえ……アズリアさん。あの娘、一体アズリアさんとどういう関係なのかな?服装はイスマリア教会の関係者みたいだけど、見たところ他人ってわけじゃなさそうだし……」
アタシの隣に座り直したルーナは、こちらの耳に顔を寄せ手を当てて、周囲に聞こえるか聞こえないかの小声で妖血花のことを尋ねてくるが。
さすがにまだこの時点では、彼女の正体を正直に話すことは出来ない。ルーナには何とか素性を誤魔化して話すことにする。
「あの娘はね、ルーナ達と別行動になってから戦争で両親を帝国の連中に殺されてねぇ……今日までアタシが保護してたんだよ」
「え?で、でも……他人にしては、あの娘とアズリアさん、似てる部分が多すぎるんだけど?」
どうやらアタシの回答に納得がいってないようで、アタシの顔と妖血花を何度も見返すルーナ。
そんなルーナへ対面に座っていたエルが、笑みを浮かべたままでこちらへと助け船を出す。
「アズリアの言ってる事は本当ですよ?それはイスマリアの修道女であるわたしが保証します」
表面上は物静かに笑っていたが、どんなに追及しようとしても有無を言わさないエルの迫力に、ルーナは両手を広げて。
それ以上、ルーナが妖血花の素性を聞いてくることはなかった。
「……わかった、降参。その娘はアズリアさんが拾った孤児ってことで納得しておくわね、今は」
「ああ、話せる時が来たらちゃんと話すよ」
それにしても、だ。
アタシも長いこと、世界の色んな場所を回ってきたけど。こんなに座り心地のいい座席が付いた、車内の広い馬車に乗るのは初めての体験だ。
妖血花と一緒に窓から見える街道沿いの景色を見ながら、ふと思ったことを口にする。
「それにしてもだ、御者はサイラスがしてるってコトは……行きは二人だけだっだんだね。道中、野盗や魔獣が出てきたらどうするつもりだったんだい?」
勿論、スカイア山脈でサイラスとルーナ、二人と一緒に飛蛇や飛竜と戦ったことはまだ記憶に新しい。
その腕前を考えれば、並の魔獣や野盗連中なら問題はないだろう、とは分かっているのだが。
ルーナの口から出てきた言葉は、アタシが予想していなかった意外なものだった。
「野盗の心配はともかく……魔獣が出てくる心配は不要ですよ。帝国との戦争でホルハイムに生息していた魔獣はそのほとんどが消えてしまいましたからね……」
本来なら「魔獣が消えた」と聞けば大概の街や村の人間は喜ぶのだが。ルーナが見せた表情は、このことを喜ばしい出来事だとは捉えてはいない、諦め顔というか……曇った表情をしていたのだ。
「原因は、食糧の確保ですよ」
ルーナの答えで、アタシは納得がいった。
今回のホルハイム戦役、帝国からも多数の軍勢がホルハイムへ侵攻した。もちろん帝国軍も物資を運んでいただろうが、やはり魔獣を倒して手に入る新鮮な獣肉は貴重な食糧源になるのだ。
「加えて、陸路と海路を帝国軍に抑えられた我が国は、不足した食糧の補給を魔獣に頼らざるを得なくなってしまったんです」
それでホルハイム全体で「魔獣狩り」とも言える状況に陥り、結果的に魔獣の姿が見えなくなるという現状に至る、という事らしい。
「そうか、ルーナが顔色を曇らせたのは……」
「はい。ホルハイムは今、各地で慢性的な物資の不足……中でも深刻な食糧不足になってしまっているのです……」




