9話 アズリア、王都に呼ばれる
そんな覚悟を決めて、アタシは院長が客人を待たせてあるという部屋に入っていくと。
王都からの使者という人物とは、まさかのアタシが見た覚えのある顔ぶれだったのだ。
「サイラス!……それに、ルーナじゃないかっ」
「やはり……名前を聞いてもしやとは思っていたけど、本当にあのアズリア殿だったとは」
「スカイアではお世話になったけど……今回の件、それ以上にお世話になっちゃったわね、アズリアさん」
席に着いていた使者の男女二人は、アタシを見るなり驚いたような、それでいて何処か予測していたような複雑な表情をしていた。
この二人の名前はサイラスとルーナ。
アタシがホルハイムへ来るためにスカイア山脈を山越えしてした際に遭遇した、冒険者を称していた三人組パーティーのうちの二人だった。一緒に行動する最中に飛竜と一戦交える機会があったが、サイラスの槍の腕前やルーナが毒に精通していた事、その癖山越えの基礎知識すらなかった事など色々と疑問があったのだが。
「ふぅん……ま、あの時から訳アリだとは思ってたけど、やっぱり冒険者なんかじゃなかったんだね、二人とも」
それは今の二人の格好を見て言っていた。
サイラスは王国の紋章が刻まれた立派な全身鎧を纏っていたし、ルーナは高そうな生地で仕立てたであろう使用人を着ていたからだ。
そんなアタシの指摘に、バツの悪そうな表情で苦笑いを浮かべながらサイラスが言葉を返す。
「はは、悪いなアズリア殿。あの時は確かに貴女の言うように色々と事情が積もっていたので身分を偽っていた」
「でも……アズリアさんがこうやって私たちホルハイム側に味方してくれるんだ、って知ってたなら。あの時ちゃんと事情を説明しておいてもよかったのかもね」
「……ちょっと待て。それって、王都まで……空から連れていかれたかもしれないって……コトかい……?」
「……そうだけど?あれ?アズリアさんもあの後、有翼族に運んでもらったんじゃないの?」
「あ、アズリア殿?身体が震えてるが……?」
アタシは今のルーナの言葉で、有翼族に山頂付近から麓へ運んでもらった時の恐怖体験を、不覚にも思い返してしまっていたのだ。
徐々に遠ざかっていく地面、小さくなる木々。
代わりに目の前に広がる空の色と曇。
頬に当たる風と、その風を切る音。
あの時初めてアタシは、自分が「目が眩むほど高い場所に恐怖する」ということに……あの時気付いてしまった。
結局その恐怖に耐えられずに、本来なら付近の街まで運んでもらうのを麓に下りた時点で慌てて降ろしてもらったのだから。
王都まで空を飛ぶなんて考えただけで震えが止まらなくなるのは当然だった。
「い……いや……だ、大丈夫だよ二人とも。ただ、空を飛ぶ、と想像したらちょっとね……」
アタシは脳裏に浮かんだあの時の景色を振り払うように首を横に何度も振って、話を無理やり本題に戻そうとする。
「それで。二人がわざわざ王都から使いにやってきたのは何の要件があってのコトだい?」
「うん、その事なんだが。アズリア殿、我々と一緒に王都アウルムに来ては戴けないだろうか?」
「アズリアさんには、あの時ロシェット様を助けてくれたお礼もまだだから、それも合わせて……って事なんだけど」
アタシの返答を待っている二人に、わざとらしく顎に握った拳を当てて悩んでいるような素振りをして見せる。
治療院に入る前にその点はエルと相談しておいたので、王都に行くという二人の提案を飲むのはほぼ確定なのだが。
「一つ、お願いがあるんだけど」
「お願い?うーん、報酬の前払いとかは今持ち合わせがないから受けられないけど」
「いや、アタシが王都に行くのに同行してもらいたい人物が二人ほどいるんだけどさ、駄目かねぇ?」
アタシはこの時を見計らって。
背後に連れて来ていた修道女姿のエルと、外套を纏わせただけの妖血花を二人に紹介する。
「エルはアタシが今回の戦争で駄目にしかけた左脚の治療をしてくれていてね。まだ脚が治りきってないから、是非とも同行して貰いたいんだけどねぇ」
そう紹介されたエルは二人へと軽く頭を下げてから、大地の女神イスマリアの修道女という肩書きに相応しい穏やかな笑みの表情を見せていく。
「そういう理由があるのならば、我々の馬車も二人程度なら増えても大丈夫だし問題ない」
「うんうん。アズリアさんに加えて可愛い女の子が二人も旅のお供なんて歓迎よ」
「そう言えば……あの時一緒だったリュゼは今回は一緒じゃないんだねぇ?」
リュゼも、スカイア山脈でこの二人と一緒に出会ったパーティーのリーダー格の妖精族である。鎖で繋がった剣と鉤爪の二刀流という珍しい武器を扱っていた彼女は印象深い。
その問い掛けに、サイラスとルーナの二人は一瞬だが顔を曇らせて。
「リュゼは……その、離れられない任務があって」
「ああ、いいっていいって。でも一つだけ聞かせてくれないか?リュゼは……無事なんだね?」
「それはもう!本人もアズリア殿が王都に来るとわかれば絶対に面会に来る筈ですよ」
うん、どうやら任務で離れられないというのは本当みたいだ。と同時に彼女が無事なのも二人の態度から理解した。
しかし、この二人。
以前冒険者を偽称していた事といい。嘘か本当かをすぐに顔に出してしまう辺り、使者としての仕事には向いてないんじゃないかと心配にはなってくるが。
「ところで王都にはいつ出発するつもりだい?」
「私たちはいつでも王都に向けて出発する準備は出来ていますよ。アズリア殿の準備さえ整い次第、明日にでも」
そんな二人にアタシはこう返すのだった。
「いや、アタシ達はすぐにでも準備出来るから。今から王都に向かおうじゃないか」
 




