8話 アズリア、ようやく街に帰還する
「ほら、何で俺たちを見て身構えたのかは知らんが。王都からの使いがアズリア、アンタを招待したいらしい」
安堵感から気が抜けて座り込んでいたアタシを立たせようと手を伸ばしてくるヘーニル。
背後で殺気をマトモに受けて倒れていた衛兵も既に立ち上がり、アタシをチラリと見ては咳払いを繰り返す。
「ああ、確か……トール達が王様の使いとやらから報酬を貰った時、アタシは治療院でエルにつきっきりで治療されてたから宴に顔出せなかったんだもんな……」
「だが、あの傭兵団も今回の勝利は全部アンタの活躍だ、と繰り返し説明してたからな。そろそろ怪我も良くなったと思って再度使いが来たんだろう」
────あれ?
そう言ってヘーニル含む門番二人が、このまま妖血花の件を素通りしていきそうな流れになっている雰囲気に気づき。
背後のエルに目配せをすると、どうやらエルも同じ事を考えていたようで、コクンと一つ首を縦に頷いてくれた。
なら、あまりヘーニル達に時間を与えて妖血花の事を勘繰られるのだけは避けなければならない。
それに、一度門を通ってラクレールにさえ入ってしまえば、旅の用意を整えて妖血花を連れて旅に出てしまうという選択肢も増える。
どうせ遅かれ早かれ、いつかはラクレールを出立しなければならないのだ。
アタシは助け船とも言える、王都からの使いに会いに行くためにヘーニルが伸ばした手を掴んで、そのまま自然を装って。
エルや妖血花を引き連れて、アタシは北門を何事もなく通過して街へと戻ってきたのだ。
「それでアズリア。王都からの使いの方は治療院で待っているはずだ……本当に、俺の事もだが……この街を救ってくれて感謝している。本当に……ありがとう」
別れ際にヘーニルが深くアタシに頭を下げながら、感謝の言葉を口にしていく。
さすがにヘーニル達を一度は敵かもしれないと身構えてしまったアタシとしては、こんな時に不意打ちのように礼を言われても、ただただ恥ずかしくなってしまい。
「……い、いやいやいやっ!いきなり何だいっこんな場所で……あ、アタシが好きでやったコトにそんな感謝しなくてもイイんだよ……も、もう行くからねっ!」
ずっと頭を下げ続けていたヘーニルから逃げるようにアタシは、エルと妖血花の手を掴んで治療院の方向へと駆け出してしまった。
「うわああああ!ぱぱ、はやーい!」
「……ちょ!ちょっとアズリアっ!脚っ!まだ脚治りきってないんだから走っちゃ駄目だってばっ!」
手を引かれていたエルがまだ完治してない左脚を気遣って走るのを止めようとするが。とりあえずヘーニル達が見えなくなるまではエルの制止の言葉を聞こえない振りをしておいた。
北門から大通りを走り抜けて、東区域にある治療院に続く小道へ曲がればようやくヘーニル達の視界から外れる。
そこでアタシは一度足を止めて、左脚の具合を確かめてみる……うん、痛みはない。
さて、治療院へと視線を飛ばすと。
確かにヘーニルの言っていたように、一際豪勢な装飾がなされたホルハイム国の紋章が入った馬車がそこには停まっているのが見えた。
「あれが、王都からの馬車なんだろうねぇ。さて、どうするエル?」
「どうするって……どういう意味よ?」
「アンタは教会で子供たちが待ってるんだ、余計な事に巻き込まれないほうがイイんじゃないのかい?」
それにエルは以前、自分は隣国のイスマリアから何も言わずに逃げ出してきたと話していた。だとするなら、王都へ赴いてホルハイムのお偉方と面会した際にその事を追及されれば。
最悪、エルを辺境の村に帰さずにイスマリアに強制送還するなどと言われる可能性だってある。
「心配しなくても大丈夫よアズリアっ。それに……わたしはアズリアが無茶しないよう見張ってなくちゃいけないんだからねっ!……当然、一緒に行くからねっ」
アタシとは目を合わせず顔を逸らしていたが、握っていた手に一層力が込められる。
そうだね。
何かあっても、アタシがエルを守ってあげればいいだけの話だ。
「それじゃ、アタシが王都に行く時にはしっかりとお供して貰おうかねぇ、エル?」
「……当然じゃないっ。まったくもう」
変わらずに顔をアタシから背けたままのエルだったが、手を繋いだまま今度はアタシの手を引っ張り治療院へと歩いていこうとしていた。
チラリと見えたその耳は真っ赤に染まっていたが、それを指摘すると不機嫌になるのは分かっているので、ここは敢えて黙っておくことにした。
治療院へと帰ってくると、アタシの顔を見た院長のヨーグがアタシが今寝泊まりしている個室とは別の部屋を指差して。
「おや、アズリアさんにエルさん。二人が席を外していた間に王都から来客がありましてね。今は別室で待ってもらっていますが」
「ああ、街の外から帰ってくる時にヘーニル達に聞いたよ。それじゃそっちの部屋だね」
さて。
いよいよ王都からの使者とやらと御対面だ。
トールたちは普通に傭兵としての報酬を受け取ったらしいが、アタシはそんな契約など交わしていない。
だから、王都の連中がどんな態度に出てくるのか実はまったく想像出来ていなかったりするのだ。




