5話 アズリア、戦場に咲く花を見つける
ふぅ……危ない、危ない。
元々エルの薬草採取に付き合ってここに来たので、それを言い訳にして距離を離したワケだが。
しかし、あらためて周囲を見回してみるとこの繁み一帯には、普通に傷薬や熱冷まし薬の材料になる薬草の他に、あまり見ることのない種類の黄色い花が二輪……いや、三輪ほど咲いているのが見える。
「へえ、珍しいねぇ、コイツは確か……妖人草の花じゃないか」
妖人草は、元来ならば魔力を帯びた場所に生息する植物の一種で。完全に成長すると人型をした根茎が自我を持った魔物と化して勝手に地面から這い出てくるが、まだ自我を持つ前に収穫すれば貴重な回復薬やその他色々な薬の材料になる、と言われている。
この付近はアタシとロゼリア、そして二人の精霊が戦闘を繰り広げた場所に近い。あの時発動させた様々な魔法の魔力の残滓がこの地域に残留して妖人草を開花させたのかもしれない。
「アタシも乾燥させたのは何度か見たコトがあるけど、直に生えてるのを見るのは初めてだよ……さて、どうするかねぇ……?」
まだ自分の手で採取したことがないので真偽は不明だが、噂では地面から根茎を抜くと呪いを受けると聞いたことがある。
最初はエルに相談しようかと考えたが、つい先程あんなやり取りをしてたので顔を合わせ辛い。かと言って、一人で妖人草を採取しようとして噂が本当で、呪いを受けようものなら目も当てられない。
考えてみても、アタシらは普通の薬草を採取しにやって来たのであって。別に妖人草を無理に採取する必要はないワケで。
アタシが出した結論は、というと。
「────うん、見なかったコトにしようかね」
一度街に帰って互いに落ち着いたら、妖人草が生えていた事をエルに教えてあげよう。
どうせ噂通りに抜くと呪われるのなら、色々と収穫に必要な準備をしなくてはならないだろうし。
アタシは黄色い花を避けて、他に自生している薬草を手早く摘んで、収穫した薬草を種類ごとに束にしながら持ってきていた袋に入れていき。
しばらくの間、薬草採取に時間を費やしていく。
「さてと、薬草はこんなモノかね。ある程度は時間も経ったし、エルも落ち着いただろ。おー……」
「────あ、アズリアッッッッ‼︎」
アタシが離れたエルに声を掛けようとした、まさにちょうどその時。
繁みの向こう側から、絹を引き裂いたように甲高くアタシの名前を呼ぶエルの叫び声が聞こえてきた。
左脚に力を込める。
うん、痛みはまだ少し感じるがまだ大丈夫だ。
アタシは叫び声がする方向へと地を踏みしめる足裏に体重をかけて、そのままエルに合流するために駆け出して行く。
走る際に樹から足元に伸びる根にだけ気を付けて、視界を隠す木の枝や葉、背丈の高い草などを腕で払い除けながら。
アタシはようやく地面に尻を突いて座り込んでいたエルの姿を見つけることが出来た。
「大丈夫かいエルっ!怪我は……何処も怪我とかしてないかいっ?」
「う……うんっ、わ、わたしは平気。何処も怪我はしてない、してないけど……」
地面に尻を突いているエルに駆け寄っていき、まずはエルが負傷していないかどうかを確認するために視線を動かしながら、彼女の身体のあちこちを両手で触っていく。
どうやら身体を負傷した様子はないようだ。
「エル、落ち着いて。一体何があったんだい?」
「……あ、アズリア……あ、あそこに……ちっちゃいアズリアが……」
なら今度はエルが何故あんな叫び声を上げたのか、その原因を確かめなくてはならない。アタシはエルの両肩に手を置いて話を聞こうとすると。
彼女は意味の分からないコトを呟きながら、そんなアタシの背中の向こう側を指差していたので。
アタシは、エルが指差す背後に振り返ると。
「……は?」
指差した先にあったのは……いや、いたのは。
赤い髪に日に焼けたような肌の色をした、エルよりも小さな女の子の姿だったのだ。いや、アタシだって大きな鏡で自分の姿くらいは見た事がある。
あれは……小さくなったアタシそのものだった。
目の前に立っていた、アタシの幼少期に瓜二つの女の子と目が合う。
すると、その女の子がアタシに向かって指を差し口を開いて、確かにこう言ったのだ。
「ぱぱー」と。
すると、急に息が苦しくなる感覚。
いや、感覚などではなく……後ろで尻を突いていたエルがアタシの首を締めていたからだ。
そして、地の底から響いてくるような低い声で。
「……ねぇアズリア。あの娘……アズリアのことを『パパ』って言ったわよねぇ……一体どういう事なのか……説明してくれる・わ・よ・ね?……ねぇどういうことなのかとっとと説明しなさいよッッ!ほらっ!ほらっ!」




